第6話 魔術人形、仲間を得る

「えっ、構造を理解したって何、跳躍魔術ってな――にって、えっ、外!?」


 困惑する暇も結にはなかった。言い終えた時には、薄暗いダンジョンから仄明るい夕陽の下に出ていた。

 跳躍魔術とは何十階層もの距離を飛び越えるワープの事だと理解したのは、その直後だった。


「わ、ワープ……こんなスキル、聞いたことも無いけど……」

「ワープという言葉は登録されていません。跳躍魔術ショートカットです」

「魔術って何? ショートカットなんてスキルも聞いたことないし」

「スキルとは何ですか?」

「え、スキルを知らないってこと? そんな事ある?」


 何故か話が合わない。


 記憶喪失というよりは、別世界から来てしまった迷子のような印象だった。

 確信したのは、ダンジョンの入り口から豊田市の街並みを眺めていた時だった。

 きょろきょろと動く瞳が、タイムスリップした文明違いの街を見た困惑を示している。


「……大きな矛盾が発生しています。コギトはこのような街並みを認識していません」


 50年前から人類全てに覚醒したスキルを知らない?

 代わりに魔術や魔族という言葉を使う?

 日本では平均的(ところにより一部壊滅)な愛知県豊田市の街並みを見た事がない?


 あまりに常識からかけ離れたコギトを見て、結の中に突拍子もない仮説が浮かぶ。


「まさか」


 そんなフィクション、現実であり得るのか。

 自分で自分を疑いながら、恐る恐る結は質問した。


「コギト君。異世界から来た……とかマジで言わないよね」


◇◆◇◆


 コギトは質問を重ねた。

 名古屋という街にある結の部屋アパートに着いてからも続いた。


「……では、コレント王国は知っていますか。コギトは魔王を倒すため、その国にて作られました」

「知らない……魔王なんて、何かの二つ名? って感じだし」

「確信しました。この世界は、コギトが存在していた世界とは異なります」

 

 まずこの国は日本と呼ぶらしい。知らない島国だ。

 今は西暦2049年。50年前の1999年に、ダンジョンと魔物が世界中に出現した。呼応して人類も進化し、スキルなる能力を身に着けた。


「んで、やっぱコギトはアンドロイドみたいな人工物、ってコト?」

「先程アンドロイドは理解しました。その考えで正しいです」


 半信半疑ながらも、結もコギトが人間でないことをようやく理解したようだ。


「ふーん……でもさ、ってコトは行く所が無いんだよね?」

「はい。コギトには分かりません。これから何をすればいいのでしょうか」


 魔王は倒した。魔族は滅ぼした。主たる人間もいない。

 魔術人形キッズは、稼働している意味がもうない。

 

 なのに文明も常識も違う異世界に放り出され、ひとりでどう生きていくべきなのかが、コギトには分からない。

 また兵器として冷たい屍を積んでしまうかもしれない。

 そう考えたら、怖くなった。


「なら、さ。一緒にダンジョン配信、する?」


 少し迷ったような様子で、結が口にした。


「丁度相方に居て欲しかったところなの。私、Cランクでさ。一人だと配信できるダンジョンも限られてて。さっきみたいに死ぬ危険もあるし」


 結の説明では、ダンジョンで魔物討伐やドロップアイテム回収を生業とする人間を冒険者と呼ぶ。冒険者はS、A、B、C、Dに区分けされていて、Sランクは他国への牽制になる程の戦力を誇っており、冒険者はそのSランクを目指し鍛錬と実績を積む。

 ただ、Aランクで十分裕福な暮らしは可能だ。結はひとまずAランクを目指している。

 またダンジョン探索を動画配信することで、収益を得られる仕組みがこの世界にはあるようだ。

 

「分かりました。コギトはあなたとダンジョン配信を実施します」

「ほんと!? マジで!? ってか即答!?」


 結にとっても想定外だったようで、驚きに満ちた顔をされた。

 丁度結の後ろ、全身鏡に映っていた無表情の自分と比べると、魔術人形キッズと人間の違いを思い知らされる。


「いや、結構軽くない? お願いした側が言うのもなんだけど、会って半日の人とダンジョン配信するって相当よ?」

コギトには問題はありません」


 会って1秒で魔族を殺す命令を受けてきたコギトからすれば、なんてことの無い判断である。


 正直ダンジョン配信と呼ばれるものが何なのか、コギトには良くわからない。

 だけどひとまず結が困っているなら助けたい。彼女のおかげでコギトは泣くことが出来たのだから。

 魔術人形キッズに生まれた次の不具合は、【恩】である。


「結。あなたはコギトの新しいマスタです。命令してください」

「ま、マスタ!? 命令!? 主従関係になるつもりはないの!! 同じダンジョン配信をするパーティーメンバーなら、対等でいたいの!」


 コギトは首を傾げた。


コギトにはわかりません。パーティーメンバー、とは何でしょうか?」

「えっ!? うーん、そうね。一緒にダンジョンを攻略して、酸いも甘いも分かち合う間柄の事」


 もしかしたら、共に戦っていた魔術人形キッズとの間柄を指すのかもしれない。

 

「友達みたいな……って恥ずかしいこと言わすなって。やめやめ!」


 顔を赤くしながら顔を背ける結を見て、コギトはこんなことを言うのだった。

 

「温かいです」

「えっ? 部屋の事? そうかな、まだ4月の夕方だよ?」

「あなたを見ていると、温かいという概念を検知できます。手を繋いでいる訳でも無いのに……」

「へ、変なことを言うね、君は」


 その言葉の割には、励まされたような笑顔を向けてくる。

 

「くーっ! でも何だか悪い気はしない。私も何だか色々温かい! つーか熱い!」


 両手を握りしめた結に、喜びの感情表現が検知できた。

 喜んでいる顔を見ると、何故かまた温みを感じた。


「よし決まり! 私達、仲間になろう」


 結の右手が、コギトの前に渡された。

 握手を求められていた。


 握手という儀礼自体は知っている。

 人間同士が行う、契約の儀ということも。

 魔術人形キッズには縁がなかった筈ということも。


 握手もまた、手を繋ぐ動作であることも。

 

「一緒にダンジョンを巡って、いいところを視聴者に配信してやろう! 異世界なんかに負けないくらいに、この世界は広いんだって!」

 

 自分と同じくらいの、柔い手。

 掴むと、また涙がこぼれる。

 

 結局冒険が何なのか、ライブ配信とは何なのかはよく分からなかった。それでも結の隣に居られることは、間違いなくいい事だ。だから冒険とかライブ配信も有益な事なんだ。魔術人形キッズらしからぬ思考で、コギトはそう判断した。


「はい。コギトのこれからの役割は、あなたとダンジョン配信を行う事です」


 創られた意味を果たした人形は、新しい意味を与えられた。

 結と一緒にダンジョン探索の夢を見るという意志が与えられた。

 

 

◇◆◇◆



 正直、何故仲間に誘ったのか。

 結は自分でもよくわかっていなかった。

 

 ミノタウロスを殲滅できる、Sランク級の力に頼りたいから?

 あるいは弟に似ていたから?

 結自身も、その理由良くわかっていない。


 間違いなくコギトに恩はあった。

 だがその恩なら、仲間にならなくても果たすつもりだ。

 住処が決まるまで、こんな狭い部屋で良ければ貸せた。

 

(でも、この子はきっと、それだけじゃ駄目なんだ)

 

 魔術人形キッズとはアンドロイドのような人工物とのことらしい。

 人工知能に心が宿る……なんて結は考えた事はない。

 けれど周りに警戒し続ける不安げな顔は、傷だらけの迷い猫にも、虐待を受けた子供にも見えた。とても人形が出来る顔付きじゃなかった。


(ほんと、異世界で何があったんだろ……)


 きっとコギトはつらかったのだ。

 異世界で何かがあって、心が壊れてしまったのだ。

 

 だから、結は仲間に誘った。

 それが場当たり的であれ、衝動的であれ、弟を重ねた自分勝手な自己満足であれ――そうしなければいけないと思ったから。


「よし、生存報告の動画配信をしないと。コギト君の紹介もしなきゃだし」


 コーヒーを飲みながら、動画配信の準備を進める。

 その時だった。


「ぶっ」


 コーヒーを吹いた。液晶もコーヒーに塗れた。


「なんじゃあこりゃあああああああああ!?」

「結の行動について、異常を検知しました」

「異常だよ!? 私らトレンドに上がってんだよ!? あわわ、私の名前が、私の名前がSNSに上がってるよぉ……バズってるよぉ」


 コギトという単語がSNSのトレンドに上がっていた。そして結ちゃんねるもトレンドに上がっていた。

 

「説明を求めます。バズるとは何ですか?」


 コギトはバズりという概念も知らないんだろうな、と説明に困る結である。

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