第5話 魔術人形、心の底から泣く
「炎魔術の回路を作動します」
紅の曼荼羅模様が、コギトの前に浮かぶ。
〔ん? あれって魔法陣!?〕
〔ガチで魔法陣作ってる!?〕
〔魔法陣がリアルになるスキルなんて聞いたことない……〕
一同が唖然とする中魔術兵器としての本分を開始する。
「
蠍の形をした火球が戦闘のミノタウロスへ着弾した。
途端、超新星の如き大爆発。閃光と衝撃がモノクロのダンジョンを茜色に染める。
中心で何十体もの狂牛が灰になっていく。
〔うおおおおおおお〕
〔ノイズがやべええええ!!〕
〔何この爆発!?〕
〔ミノタウロスが消し飛んだ!?〕
「魔物の生命反応は消失しました」
陽炎の最中、生き残りがいないことを認識し戦闘終了報告を口にする。
〔もう人間じゃないだろこれ〕
〔中央政府がダンジョン用アンドロイドを作ってるけど、それか?〕
〔いやそれなら試験運用だけでも話題になってる筈だろ〕
〔どっちにしても兵器みたいだな〕
〔それ。本当に兵器だよ〕
兵器。
そのワードを見た途端、コギトは前を向けなくなった。
「……肯定します。
冷たいものが胸のあたりに飛び込み、後悔と罪悪感を呼び覚ます。未だ猛る火炎に、魔族が黒焦げになった焼け野原を重ねてしまう。
段々口が震える。不具合が深くなる。
「だから魔族を……滅ぼしました。
〔まぞく?〕
〔魔族のこと? また厨二みたいなことを……〕
〔何か話が合わんな〕
俯いた頭を戻せない。
文字の豪雨に耐えられない。
「――ええと、皆さん。ほんっとうにごめんなさい。これからダンジョン脱出を優先したく、一旦配信を切らせていただきます」
落とした目線に、傘のごとく影が入り込んできた。
顔を上げると、ショートボブの後ろ髪が見えた。
〔えええ、折角コギト君いるんだし、このまま配信してくれよおお〕
「最下層は何が起きるか本当に分かりません。もしかしたらもっと強い魔物が現れて、二人ともやられてしまうかも。ダンジョンを脱出したら生存報告しますので何卒宜しくお願いします」
〔しゃーない〕
〔おk〕
〔マジでコギトが何なのかは気になる〕
〔とにかく生存報告待ってる!!〕
〔政府の肝いりかも! 消されないように気をつけろ!〕
結が何か操作すると、スマホの画面が真っ黒になった。
炎で仄明るいダンジョン最下層には、コギトと結しかいなくなった。
結が一番最初に倒したミノタウロスに近づくと、その遺骸から何かを取り出す。
濁った色をした、宝石だった。
「はい」
それをコギトに手渡す。
「魔物からドロップする魔晶岩。色んなモノのエネルギー源で、売っても高値になると思う。君のだよ」
「
有無を言わさずコギトの手が掴まれ、掌に魔晶岩が置かれる。
その時触れた手はとても温かった。
温かった。温かった。温かった。
途端、風のように魔族の少女が脳裏を突き抜ける。
「ありがとう、コギト君。本当に助かっ――」
結の手を、反射的に握りかえしてしまう。
「えっ、ちょっと」
「……」
涙という不具合が零れ始めた。
「えっ!? ちょっと!? なんで泣いてんの!?」
「ふ、不具合が発生。ごめんなさい」
困惑する結の顔を見る。
いけない。これ以上人間と触れ合ってはいけない。
コギトはばっ、と距離を取る。
傷つかないために。傷つけないために。
「
「え? 不具合って何?」
「
「温かいと感じる……不具合?」
コギトは兵器だ。その温みを帳消しにするのが本懐の、人もどきの人でなしだ。どんなに光に満ちた心だろうと一瞬で黒焦げにしてしまう。
そんなこと、とっくに学習していたことだった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
だからコギトは、結から離れる。
今度こそ
初めて手を繋いでくれたあの子のように、笑顔ごと消し去ってしまう前に――。
「――あのねコギト君、それ不具合じゃないよ!」
手を握られた。
結が、距離を飛び越えて繋ぎ止めてきた。
「心があるから、さっき兵器なんて呼ばれて嫌になったんでしょ!? そんなん誰だって泣くよ!?」
コギトは立ち尽くした。こんな必死な人間の目は、向けられたことが無い。あまりに眩しくて目が泳ぐ。
「
「なんじゃそりゃ! 泣くの禁止とか、温かくなるの禁止とか、なんつー虐待受けてんの!?」
結の手は優しくて、そして強かった。
力ではコギトが上回るのに振り解けなかった。
絶対に繋ぎ止める。そんな意志が感じられた。
「ねえ、泣いていいんだよ? 手を繋いでいいんだよ!? だって心って、多分そういうのでしょ?」
真っすぐな瞳。
必死な言葉。
掌の温み。
それら全てを感じて胸から目へと何かが満ちてゆく。
声を殺していた唇がついに決壊に耐えられなくなる。
不具合が、解放される。
「うっ、うっ、うぅ……うあ、あああ、あああああああああっ!」
◆◇◆◇
涙は暫く止まらなかった。
最下層の片隅で、唇を噛みしめ両肩を震わせていた。
もう何も分からない。ただ今はすべての演算を置き去りにして、不具合の任せるままに泣き疲れることしか出来ない。
結は隣で時折ハンカチを渡してくれた。
今までの人間達のように、冷たい命令で止めたりしない。ただ隣で、灯のように居てくれている。どうしてかは分からないけれど、触れていないのに温かった。
段々と涙と一緒に不具合が静まってくる。
雑音塗れだったコギトの自律思考もクリアになっていく。
「……また脅威となる魔物の接近を検知しました。あなたは早急にダンジョンから脱出する必要があります」
ミノタウロスを焦がした炎が威嚇になっていたのか、あるいは探知魔術を使えないくらいに
しかし、ここはダンジョン。腹を空かせた怪物の食事場であることに違いはない。
「そ、そうだったね。早く階段を見つけないと。動けそう?」
「はい。
この少女だけは殺させない。殺さない。
命令では宿らない瞳が、しゃっくり混じりの泣き顔に宿る。
「ダンジョン全体の構造は理解しました。跳躍魔術【ショートカット】を発動します」
「ん? 構造を理解したって何、跳躍魔術ってな――」
次の瞬間、ダンジョンの入口までワープした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます