第4話 とある少女から見た魔術人形の背中

 とある不思議な人形に助けられる一時間前。

 菊理結くくり ゆいは豊田第1ダンジョンに入場した。


「では結ちゃんねるの秘境ダンジョンめぐり28配信目! 今日はこのダンジョンに挑戦してみたいと思います!」


〔結ちゃん!〕

〔今日も一日安全に!〕

〔おっ、豊田じゃん。今まったく人がいないらしいな〕


 Cランク冒険者ライセンスの取得と、動画配信の開始から1年。チャンネル登録者数も、メジャーどころではないにしても順当に伸びてきた。

 最近はダンジョン配信もレッドオーシャンとなっている。

 AランクやSランクの冒険者による凶悪な魔物退治がランキングの上位を独占している状況だ。Cランク冒険者が正攻法で有名になる術はない。


 だが、結はその状況を逆手に取っていた。

 動画映えする魔物が出没する人気ダンジョンは限られている。

 裏を返せば、強力な魔物がいないダンジョンは人から忘れらされた秘境となる。


 その秘境巡りが、結の戦場だ。

 Cランク冒険者の背丈にあった配信で、一定数の同接数を稼いできた。


「うわ、車の残骸が壁に埋まってますね。50年前まで、世界有数の自動車会社があったとは聞いていますが」


 上層を歩いていると、錆びた車があちこちに顔を出していた。

 スマホ搭載のドローンも、その車たちを映す。


〔今じゃ車なんて上級国民のシンボルだしな〕


「私も自動車にいつか乗ってみたいなぁ。まあ、自転車さえあれば秘境巡りには事欠かないのですが」


〔毎回思うが、そのままダンジョン探索ってどんなスタミナだよ〕

〔それでも汗一つかいてないって〕

〔スタミナは少なくともSランクだよな……〕


「むむ、魔物を発見しました。事前調査の通りコボルトですね。この分だと戦闘回避は無理そうですね。命を頂くこととします」


 二足歩行をしている犬の魔物――コボルトを見つけると、即座に結は行動を開始する。魔物にも有効なショートソードを腰から抜き、背後に忍び寄る。

 コボルトが気づいたときには、その心臓は串刺しにされていた。


〔強い〕

〔いいね!!〕

〔結ちゃん、そろそろBランクいってもおかしくないよね〕


「ふいー。と、コボルトは真正面から戦えば怖い魔物ですが、なら後ろから攻めればいいのです」


〔いやその殺し方出来るのは結ちゃんだけだから〕

〔隠密スキルが前提の説明はやめろ〕

〔まあ勝てばよかろうなのは同意〕


 ドロップ品を拾いながらコボルト討伐講座を開くが、あまり参考にはならない旨のコメントで溢れた。

 結のスキルは隠密スキル【かくれんぼ】。姿も気配も消すことが出来る。

 低級の魔物相手ならば、必ず先手を取ることが出来る。


 それからもコミュニケーションを取りながら、あるいは時々ダンジョンと同化した車を撮りながら、そして魔物の命とドロップ品を盗りながら配信をつづけた。


 下層へ続く階段の前で立ち止まる。


「事前情報ではこれ以降の階層にはAランクでも手を焼くような魔物がうようよいるとのこと。私のスキルも効かない可能性が高いです。なので探索はこの階層までとさせていただきます」


〔おk〕

〔いのちをだいじに〕

〔背伸びして命を落とす奴らが多すぎてな〕

〔同じCランクだけど、ここまでで十分参考になったわ〕

〔ワイ名古屋民。このダンジョンを潜ることを決意〕


「ではこの辺を少し散策したら、今日のところは配信を切り上げたいと思いま――」


 その時だった。踏んだ部分が、突如光る。

 円形の閃光は、丁度結とドローンを包んでいた。


〔え〕

〔これ〕


「もしかしてワープトラ――」



 景色が変わっていた。

 否、変わったのは自分の位置だ。

 ワープトラップ。迷宮に蔓延る、詠み人知らずな罠の一種。


「ブモオオオオオオオオオ!!」

「え、あれってミノタウロス……!? じゃここは……」


〔まさか最下層にワープしちゃった!?〕

〔嘘だろ!?〕

〔結ちゃん逃げてええええええ!!〕


 最下層に転移したと理解する間もなく、只管ミノタウロスから逃げた。

 その過程でミノタウロスが崩した壁に、ドローンが埋もれた。

 拾う暇もない。隠密スキルも効かない。階段を求めて逃げるしかない。


「ブモッ!!」

「はあ、はあ……あっ!」


 突風が結の華奢な身体を吹き飛ばす。


「――がっ!?」


 壁に激突し、肺の空気が全て零れる。

 頭も打ったせいか、立ち上がれない。

 

 ただの正拳で人体を浮かせる風を起こした。

 これが最下層の魔物。絶望しかない。


「……お父さん、お母さん……」


 血を流した頭に、無慈悲な5年前が浮かぶ。

 突如ダンジョンから抜け出した魔物たちに、住み慣れた街ごと喰われた家族。

 怖がりだった弟が魔物の餌食になった光景が結の走馬灯だった。過去の灯りは姉として弟を守れなかった後悔も照らす。


つなぐ、今謝りに行くね……」

「ブモオオオオオオオオオ!!」


 ミノタウロスの手が、天上へ掲げられた。

 あれか落ちれば最後、結は砕け散る。迫る絶望に結は目を瞑る。


「――右手部位をライナーソードへ換装します」


 現実を直視する。生きている。


「え?」


 結とミノタウロスの間に、少年が瞬間移動で割り込んでいた。

 逸れたドローンもおまけで着いてきた。

 少年の右手は黒刀になっていて、それがミノタウロスの首をいともあっさりと刈っていた。


〔結ちゃん生きてた!!〕

〔うおおおおおおおおお!!〕

〔ミノタウロス、死んだよな?〕

〔コギトくん、本当に何者!?〕


「……あなたは?」


 まるで作り物のような燻んだ目は、どこか結に怯えていた。しかし頼りなさげに瞼を細めた面影が、人見知りな弟と瓜二つだった。


「本個体はコギト。魔術人形キッズです」

「キッズ……?」


 アンドロイドじみた言葉遣いをするコギトの向こう側で、更に十数体のミノタウロスが迫ってきていた。仲間の死に激昂したのか、徹底的な蹂躙を仕掛ける気だ。


「み、ミノタウロスがあんなに……!!」


 熟練の冒険者ですら冷や汗ものの地獄を前にして、少年の背中に動揺は無い。


「引き続きミノタウロスの排除、並びにあなたの救出を実行します」


 むしろ後方で座り込む結を――あるいは人間そのものを恐れていたようにも見えた。

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