第3話 魔術人形、スマホもライブ配信も知らない

 ダンジョン。それは魔族の拠点だったはず。

 だが魔族がいなくなって、ダンジョンもすべて消滅したはずだ。


 そもそも、愛知県とか豊田市とか知らない地名が刻まれている。

 見覚えのない言語を理解出来ているのも謎だ。魔術人形キッズはそこまで便利ではない。

 

 状況把握のためダンジョンを観察する。原因不明の光源で薄暗くとも内装を把握できる。ひんやりとした石造りの巨大な空間には、獣の息遣いがいくつか蔓延していしていた。


「魔物の反応を幾つか検知しました」


 魔族が引き連れていた敵対的な生物。主を失った魔物たちは、今でも人間に牙を剥くのか。

 更に探索していると、崩落した岩の中に白い物体が紛れていた。


「正体不明のアイテムを発見しました」


 見た事のない作りをしている。飛ぶためのプロペラまで着いている。コギトが知らない物質や法則で創られているようだ。

 岩石を退けて持ち上げると、プロペラが勢い良く回り独りでに飛翔を始めた。


 白いアイテムには鏡のような何かが装着されていた。覗き込む自分が写っている。

 しかしこの鏡、不思議なことに次々と文字が流れていく。


〔やべえ、ゆいちゃん死んじゃう!?〕

〔なんでワープトラップがあるんだよ!? 管理どうなってんだよ!?〕

〔今北、結ちゃんどこ!?〕

〔ミノタウロスに追いかけられてどこかいっちまった〕

〔画面が動いた、結ちゃん生きてた!?〕

〔あれ? 結ちゃんじゃない。誰?〕

〔誰?〕


 どうやらこのアイテムとは、コミニュケーションを取ることができるようだ。

 人間ではない。なら、新しい魔術人形キッズかもしれない。


「説明を求めます。あなたはコギトと同じ魔術人形キッズですか?」


〔キッズ?〕

〔子どもって意味か?〕

〔ワイらは人間です〕

〔↑真面目に答えてて草〕


コギトの定義する人間とは、このような箱と鏡ではありません」


〔……ん?〕

〔もしやドローンとスマホのこと言ってる?〕

〔いや考えなくても分かると思うけど、この動画はYOUTUNAGでライブ配信されとるんやで〕


 自動飛行する白い物体はドローンというらしい。文字が流れる鏡はスマートフォン、略してスマホというらしい。YOUTUNAGという概念は理解できなかった。ライブ配信も魔術人形キッズの疑似脳に登録されていない。

 首を傾げている間にも、スマホに文字が流れていく。


〔もしかして記憶喪失か?〕

〔魔物に襲われて、恐怖で記憶が消えたのかも〕


「否定します。コギトの記憶領域に異常はありません。ただしこのダンジョンにコギトが位置している原因がわかりません。コギトは間違いなく、破壊されたはずですから」


 なのに未だ起動できている理由は分からない。自爆魔術ハルマゲドンの中心にいたのに、何故五体満足なのかが説明できない。


〔破壊ってなんだよ〕

〔やっぱ記憶消えてんじゃねえか〕

ゆいもこの子も、子どもが死ぬのは嫌だな……〕


 最後の文章にコギトが反応する。


「説明を求めます。ゆいという人間が、危機的状況に陥っているのですか?」


〔YES〕

〔君と同じくワープトラップに引っかかった配信者だよ〕

〔結ちゃんねる、って知らない?〕

〔ミノタウロスに追われて逃げたんだ。その時瓦礫に捕まって、ドローンはゆいちゃんと離れ離れになった〕

〔つい5分前の話だが……もう殺されてるだろ〕


コギトは人間に危機が迫っている場合、優先して助けるよう設計されています」


 と言って、しかし自分を縛る命令がない事に気付いた。

 命令ではなく、もう癖で動いている。


「探知魔術【ミーツケイター】を作動します。ダンジョンの構造を理解し、ゆいの生命反応、現在地を探知します」


 体から微弱な魔力を放出。

 帰ってきた魔力反応をもとに、コギトの脳内にフロアの地図が組み上がっていく。


〔え、探知?〕

〔この子索敵スキル持ってんの?〕

〔ってか魔術って言った? スキルじゃなくて?〕

〔魔術って……ゲーム脳過ぎだろ〕


 魔術という言葉に疑問を呈されている。人間とは切っても切り離せない概念なはずなのに。寧ろスキルとか、ゲームとかまた分からない単語が出てきた。


「探知に反応あり。こちらに近づいてきます」


 探知に影が引っかかる。

 猛スピードでこちらに迫ってくる、銀色の狼だ。


〔おい待て何かいるぞ!?〕

〔シルバーウルフじゃねえか!!〕

〔やべえ奴じゃん! 逃げろ!〕


 人間より大きい。そして自分を明らかに餌だと思っている。

 牙の強靭さ。爪の鋭利さ。風より速い疾駆。

 危険度は十二分だ。抹殺が推奨される。


「脅威を認識しました。排除します」


 驚愕する文字達とは裏腹に、無色の目で見ていたコギトの右手が光る。


「右手部位をランナーブレードへ換装します」


 人の手だったものが、黒色の刃ランナーブレードへと変色した。

 そして、シルバーウルフとすれ違う。


「魔物の生命反応消失を認識」


 頭部を喪失した胴体が滑っていく。

 足元に転がる狼の頭部。コギトは見ないようにした。


〔え?〕

〔は?〕

〔シルバーウルフが瞬殺された件〕

〔え? 実はただのウルフだったとかないよな?〕


 表情が見えないけれど、文字達は驚愕していたことは分かった。


〔てか今、明らかに右手が剣になったよな?〕

変身メタモルフォーゼのスキルか? でも使えるの、Sランクくらいだろ?〕

〔いやその理屈はおかしい、変身メタモルフォーゼに変形機能はねえよ〕

〔ダンジョン庁のページ見たけど、SどころかAランクの冒険者欄にもいないって〕

〔でもシルバーウルフを無傷で瞬殺って、Aランクでも無理だぞ……?〕

〔こいつまじで何者なん!?〕


コギト魔術人形キッズです」


〔だからキッズって子供以外に意味知らねえよぉぉぉぉ〕


 話が通じない。魔術人形キッズは世界中で認知されている筈なのに。

 それよりも探知結果が出た。


「ダンジョン構造を把握。同階層にて人間の生体反応を検知しました」


 つまり、結は生きている。

 しかしかなり距離が離れている。のんびり歩いていては間に合わない。

 だから、ワープする事にした。


「これより跳躍魔術【ショートカット】を発動します」


 言い終えたときには、コギトは光に包まれた。

 ドローンも同じく、円形の灯の中にいる。


 そして、空間の連続性を無視した瞬間移動を実現する。

 

〔え〕

〔ワープした?〕

 

 今まさに圧殺せんと拳を振り下ろす筋骨隆々のミノタウロスと、傷だらけで座り込む少女の間に降り立った。


 隕石の如く迫る拳が、コギトの瞳とスマホの液晶に映る。

 コギトは自分よりも大きな拳を見上げていた。カンマ一秒後には潰されてしまうだろう。


 しかし魔術人形キッズに狼狽は無い。

 攻撃の軌道予測と、反撃の演算を刹那で完了する。

 結果、脅威の処理を淡々と開始した。


「右手部位をランナーブレードへ換装します」


 轟音。狂牛の拳は、人形の左掌に止められていた。

 無音。狂牛の首は、黒色の右剣に落とされていた。

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