第2話

 いつの間にか眠っていた瑞歌はけたたましく鳴る目覚まし時計に叩き起こされた。布団をかぶらずに寝た彼女の体は春の空気にさらされ冷えていた。カーテンの隙間から流れてくる太陽光が薄く開く瑞歌の目をこじ開けた。


 彼女の内面を写したかのような殺風景な部屋が見える。瑞歌の部屋には前の家から持ってきた隙間のない二つの木製の本棚以外には、新調したての勉強机、必要最低限の服を入れた衣装棚、制服である白と紺のセーラー服がかかったハンガーラック、黒のベッド、姿見しかなかった。彼女はミニマリストであるわけではなく、ただ読書以外に趣味らしいものを持っていなかったのである。可愛らしいぬいぐるみも、煌びやかな小物も瑞歌の心には届かなかった。


 退屈そうな表情をした彼女はゆっくりと上体を起こした。


 寒さでうまく動かない体を無理やり動かして伸びをすると、彼女は時計のアラームを止めた。カーテンを開けると外では電線の上で雀が二羽並んでぴょこぴょこと跳ねていて、その背景に真っ青な晴天がそびえていた。空っぽの入れ物のような部屋に東の空から光がなだれ込んだ。


 瑞歌の鋭い瞳は静かにその風景の裏に記憶の書の表紙を見ていた。彼女は古い記憶を精密に思い出した自分に気持ち悪さを覚えた。


『五年前、か』


 寂しさが瑞歌の心を凍えさせる。心を温める灯は確かにそこに存在していたが、消えそうなほどにしぼんでいた。瑞歌は灯を延命させる油を手に入れることができなかったのである。線香花火のような夏華との短い時間により始まったどうしようもない片思いは瑞歌を大いに悩ましたが、彼女は本当に好きなのかどうかすら、もうわからなかった。体を支配していた愛もどこかへ行ってしまった。


 ふと、今日が決別の日だと瑞歌は考えた。深い意味はなかったが、夢と現の狭間で見たあの思い出にこれ以上手垢を付けたくなかったのである。


『夏華が東京にいるかも、私と同じ高校かも分からない。だから……』


 布団から降りた瑞歌は勉強机の上に置いてある例の栞を眺めた。彼女を思い出に縛り付けるそれは使い古されて花の絵が掠れていたが、五年前の面影は残っていた。


『もし今日、夏華に会えなかったらこれは引き裂いて捨てよう』


 叶わない夢だと自嘲しながらも、瑞歌は制服に着替えて自室を出た。彼女は諸々の準備を終えると、通勤の準備をする両親に見送られながら八時少し前に家を出た。

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