序章……(三)【人影と燐火】
◆◆◆
落下した先。自分が立っていたのは、折れて砕けた大樹の幹の傍ら。周囲を見渡すと、視界で散乱する木片や石材に、それから……まだ土埃が舞う中でも視認できた小柄な二人の人影――。
ひ、酷い目にあったぜぃ……!
あれは人影? 人なのか? おーい!!
すいません。た、助けてくださいっ!!
火の粉がかからないよう風上を読み。
自分は、今なお燃え盛る小刀を高く掲げた。
(ちょ、あの燃えてるんで……!
だから、これどうにかしないと……!)
そう、口にしたつもりなのに……。
口から出た『言葉』は全く別のもので、
「あぁ、
参らん? ……は? なんだって?
今なんて言ったんですかね
よし。もう一度、言い直そう。
「…………ん」
あ、自分の格好が恥ずかしい。
白炎で照らされた乳房や秘所が丸出しであり。
土埃が晴れる前に、ちょうど足元に落ちて来た白い布を羽織って、火の粉から身体を守る目的も兼ねて裸体を隠しておき。バシッと一言!
(そこの人、バケツで水でも持ってきてぇ!)
「汝は、成すべき事を為せ!」
――いや
うひゃー! やっぱりダメだこりゃあ!
いやいや何を言ってんだ
ポンコツ翻訳なの? 痛々思春期語録なの?
迷い込んだ現地で勝手に脳にダウンロードされてた翻訳機能は、ウケ狙いクソ翻訳だったの?
そういう面白翻訳とかあるけども! 自分の身体には導入したくわないわっ! オプションからのコンフィグで言語設定とか変更できないのこれ? せめて緊急時くらいは伝わるようにものを言ってくれないと困りますぜ!? あーもう!!
こうなったら、ビジネスマナー応用編!
忙しい現代社会人は、口に昼食を詰め込みながらだって仕事相手と上手く会話ができるのさ。その能力は必須スキルであるらしい。現代に求められるビジネスマナーとはそういうものだと習った!
なるべくシンプルで、かつジェスチャーを交えての円滑なコミュニケーションをせねば!
土埃の先の人影へ『燃えてる小刀が手から離れないんです!』『助けてー!』と。言葉に加え、そう身振り手振りで伝えようと一歩を踏み出し、
「――くっ!!」
足場が悪くて滑ってしまった。ズルッと。
更に羽織った白布の裾を踏んで、ズルルと。
体制が崩れて屈んでしまったが、ぎりぎり転倒しないように片手を地面に付けて耐えた。
その際にも、燃える小刀は安全の為に上に向けて構えていた自分を褒めてやりたい。
「小癪な……ならば!」
速やかに小刀を投げ捨てたくなったが。
いや、実際に投げ捨てようと振りかぶったが。
小刀の柄から伸びる装飾の蔓が、指から手首までをがっちりホールドしていて離れない。この蔓は小刀がすっぽ抜けない為の安全装置とかじゃなくて完全に持ち主を蝕む類いのやつですわこれ。少なくとも自分にとっては現状そうでしかない!
持ってる物が物なので、危なっかしいぜ!
もう余計な動きはしないようにしよう。
自分は言葉を選び、人影に向かって叫んだ。
「――この場は、我に任せるが良い!
(――ここで待ってるから、消火できる物を!
なるべく早く、お願いしますー!)
やっぱり制御が効かない口調だが、
「この炎は、あらゆるものを
(この炎、燃え広がったら大変だから――)
でももう及第点? 意味合いは同じだし?
人に物頼むのに、お前は何様だって感じだが。
なんか強大な敵に対して、時間稼ぎとかして犠牲になるキャラクターがカッコつけて言いそうな台詞な気もする。……これ死亡フラグ?
いやここで死亡したら、そも目の前に『敵』なんて居ないし。なんか炎上した樹から落ちてきて、勝手に燃え上がって、一人で勝手に焼失する奴だ。登場した意味もわからない謎のキャラだろ。もう一種の使い捨てギャグキャラですよそれー?
自分は何と戦ってるんだろうか。なんでこんな酷い目にあってるの? 誰か答えて……。
「何が為に、何を以て、仇を為す……?
……その意を我に示してみせよ!!」
まーた謎の翻訳されたよ……。
でも冗談を言ってられないので無視しよう。
死んでたまるか! せめて鏡を見るまでは!
この身体の御顔を眺めるまでは死ねねぇぞぅ!
推定ケモ耳尻尾少女のお姿を拝見するまでは!
「――!!」
その時、ブワッと。まるで電車が直ぐ近くを通過して行ったかのような強風が吹いた。
風によって土埃がまた巻き上げられ、不運にもそれが目の中に入ってきてしまう。
目がぁー! 目がぁー! 痛い、凄く痛い。
ちょっと目を開けていられない。少しでも眼球を動かそうものなら激痛だ。涙で視界がぼやける。でも痛みを堪えて薄目を開けてみれば、風に煽られて勢いを増した小刀の炎が見えて……。
手首の方まで、ごうごうと盛んに白炎。
そんなものを見てしまったら、とても冷静でなんていられない。誰だってそうだろう!?
ひぃー! へるぷぅーみぃー!
後は、一生懸命に小刀を振り回す自分。
振り回せば、より酸素に触れて激しく炎上しそうな気もするが、だからと言って止まれない。
んぎゃー! 誰かお助けをー!!
こんな死に方はしたくないですぜー!!
屈んでいた体勢から、身体のバネで起立。
尻尾に燃え移ると困るので、腰を入れて振る。
どうにか炎を消そうと、激しく振り続ける。
さっきのようにサッサッ、シュッシュッと。
涙でぼやける視界の中で、振ったその分だけまた周囲に火花が散って、辺りの木片へと更に延焼してしまう白炎。確実に……状況が悪化している。もうこの流れは二回目だが、現状の自分にできるコマンドがそれしかないので仕方がない。
心臓が激しく動く。肺に酸素が足りない。
一分程度でそれ。限界が来るのが早すぎる。
(完全にインドア派なった……弊害が……)
「我も……鈍ったものだな……」
そう経たないうちに体力が尽き、
息が切れ。腕の筋肉が痛む。もうだめだ。
昔は友達付き合いで、色々な野外活動に付き合わされたけど……最近は運動不足だった。
こりゃ身体の使い方がなっていない。
実際のところ、この身体は軽くてよく動く。周囲の匂いや音をよく感じ取れる気もする。けど中身が自分なのだ。この『女の子の身体』が運動神経や五感に優れていたとしても、息継ぎも忘れて滅茶苦茶に動かしていては宝の持ち腐れであって。
あぁ、このままだと炎が手にまで……。
というか……動いてても止まってても、徐々に炎の勢い増してくるじゃんこれ。どうすんの。
そこでまた風が吹いて、小刀から火花が舞う。
その内の一つが腕に当たり、皮膚に仄かな温かさをもたらすと幻のように消えてしまった。
「……ふむ?」
……あれ? 今さらだけど、熱くない?
本当に恐る恐る、小刀の白炎に触れてみる。
すると、やはり火傷する程には熱くない。炎なので当然に感触は無いが、人差し指で触れているとそこが『温かい』と感じる。不思議な炎だ。
「なるほど……」
もしや『魔法』とかのファンタジーな炎?
もしやもしや、焦る必要なんて無かったの?
この小刀は、魔法の杖的な道具だったとか?
使用者には害がないファンタジーな炎……?
試しにだ。白く燃える刀身を、手の平でスッとなぞってみる。試しにやってみたところ、それまではただ燃え盛っていただけの炎が、小刀の刀身に纏い漂うようにして渦を巻き、螺旋状になる。
加えて。仕組みも理屈も不明だが、周囲の木片や石材に燃え移っていた炎達も集まって来て。白い螺旋はどこまでもどこまでも拡大して行く。
流石に熱くなくても恐怖を感じたので、もう良いからその辺で『止まってくれぃ!』と念じて柄の部分を撫でてみれば、小刀から伸びる螺旋状の白炎はそこで安定し。まるで自分の行動を待っているかのように白く輝き、夜の闇を照らしていた。
これは……なんか、カッコいい!!
白い炎……狐火……
炎使いの人外ケモ耳キャラとかなの!? そういう世界観!? そういう世界観なのか!?
ウキウキ、ワクワク! 興奮してきた!
でも今は身の安全の為に、速やかに処理しよう。
さっさと鎮火だ! そして、どこまで炎を扱えるのか調べたくもある。刃を空に向けて振って、炎を払うとか様になるのではないだろうか。できるか分からないが、自分が望めば可能な気がした。
「奥義ぃ、なんかの太刀の炎ぉ――」
どうせ謎翻訳されるだろうと高を括り。
即興でネーミングセンスが壊滅的な必殺技みたいな事を言っておき、炎を操作しようと集中。
体勢を低くし。小刀を下に向けて構え、
「――これで終いだ……!!」
自分は夜空へと白炎の渦を放った。
ちょとカッコ付けたが、ただの鎮火である。
そして思いの外、放ってみた螺旋を描く白炎の規模が大きくて。炎は上空まで昇ると轟音と共に盛大に爆ぜてしまい。自分でもかなり驚いた。
上空の爆発とそれによる爆風で、周囲の視界を遮っていた妙な土埃が晴れて行く。
さてと、これからどうしようか……?
客観的に、いきなり現れた『全裸ファイアー近所迷惑な痛々思春期語録の女の子』とか、さっきの人影の人物達に対面したらどんな扱いをされてしまうのだろうかと……そう心配しながら、自分はまだ痛む目を擦りつつ、疲労から腰を降ろした――。
◆◆◆
寝起き巫女様、寝惚けてる? そもそも自分は巫女でない! i'm who? @1184126
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