第3話 黒いコート

 クローゼットの中には、一番端に黒いコートがかけてあって、そのポケットにヘソクリを隠してある。そしてそれをたまに見返してはニヤニヤするのが私の密かな趣味のひとつ。しかし今度は簡単にその札束にお目にかかることはできなかった。ポケットが空だったのである。焦りながら他の服をハンガーから外して振ったり、引き出しを手当たり次第に開けてみたけれど、どこにも見当たらない。

 冷静になろうと氷水を飲んで落ち着いて座って、改めてみたら、黒コートの向きが変わっていることに気がついた。左を向いていて、ボタンも左向き、左袖が手前だったのが逆になっている。そのせいでいつもとは別のポケットを見ていたようだ。右手に近いポケットに封筒は入っていた。勝手に焦って勝手に慌てて勝手に暴れてそこだけ泥棒が入ったようになっている。 お金は存在するだけで人をここまで変えるのか。でもコートの向きを変えた覚えがないことも事実。だって、だからここまで焦ったんだもの。でももういいの。見つかったから。こんなことが今後ないように、このお金は使ってしまおう、と思いながら封筒を持って街へ出て、ショーウィンドウに並んだ赤いハイヒールに目を向ける。夏なのに。黒いコートを着て。汗をかいて。

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