第4話 黒の魔女 - ファースト・ウィッチ

 モヒカンたちの大歓声の中、受付嬢は唖然としていた。

 

「あ、あんた何をした……無職でレベル一じゃないのか……」


 ダルそうだった彼女もさすがに背筋をしっかりと起こす。


「行けそうだなって思っただけだよ」

「ありえない……」


 そりゃそうだろう。

 力1と表示されている無職がレベル20の戦士にかなうはずがない。


 けど俺は確信していた。


 例えステータスが低くても、「ナイトブレードライダー4099 Ⅱ」のゲームシステムの恩恵を受けている俺なら出来ると。


 オープンワールドは自由度が高いゲーム故、高難易度地域にすぐに足を運ぶこともできる。だから危険度を判断するために、モンスターのふちの色で強さを計る基本システムがある。


 今回のバッカスはレベル20だったが、ふちの色は緑色だった。


 つまり「ナイトブレードライダー4099 Ⅱ」のゲームシステムや攻撃倍率で計算したとき、この異世界では俺の方が優位だったからこそ、勝ち目があると踏んだのだ。


「も、もういっかいだ おで まだ やれる」


 だが流石に拳法1では倒しきれる程の威力はなかったようで、バッカスはふらふらと身を起こそうとする。


「何度でも受けて立つよ」


 改めて構えたとき、かつかつかつと優雅な音が響き、1人の少女が俺とバッカスの間に入ってきた。


「あ、あんだは……」


 その少女はミステリアスな雰囲気をかもしだしていて、頭の先から足の先まで真っ黒な服装だった。

 子供の頃に読んだおとぎ話に出てくるような、典型的な魔女である。

 

 先端が曲がっている帽子と漆黒のローブ。

 首のあたりに猫をモチーフにしたようなネックレスが見て取れる。


 闇夜のように美しい長い黒髪と整った可愛らしい容姿。瞳の中には夜空の星が輝き、余裕に満ちて、どこかのんびりした雰囲気を漂わせていた。


 年の頃は……そうだな、15から16歳くらいに見える。


 彼女は持っていたクッキーをもぐもぐと咀嚼そしゃくすると、猫のように指をかわいく舐めた。


「やめとこ、勝負はついたよ」


 バッカスはその少女を見て、戦意を失って倒れる。

 彼の言葉を引き継ぐように受付嬢は呟いた。


「……黒の魔女」


 言葉には畏怖いふや恐怖が含まれているような気がする。周囲のギャラリーたちも息を飲んで黒の魔女を見つめている。


「黒の魔女?」

「はじめまして、おにーさん。

 私はクロバナ。うちのネコさんがお世話になったね」


 彼女の足元には俺をここまで案内してきた黒猫さんが寄り添っていた。

 にゃーんと鳴いて、微笑んでいるようにも見える。


「おにーさん、何だか面白い匂いがする。

 今回は私が組んであげるよ、ネコさんのお礼」

「ほ、ほんとか!」


 こんな強そうな魔法使いがパーティーを組んでくれるなんて、願ったりだと思ったが、視界の端で受付嬢が首を振っている。


 視線は『や・め・と・け』だ。


「クエストは適当に見つくろうね」


 クロバナさんは俺の返答を待たずに、迷う事なくクエストボードから一枚のクエストを手に取った。


 喋り方や行動、見た目に特に変なところはない。

 何故、屈強な奴らがこんなにも恐れているのか、俺には理解できない。


「魔女……か」

「何か言った?」

「いや、ぜひ宜しくお願いするよ、クロバナさん」


 クロバナさんはニッと笑って、受付嬢にクエストを発行してもらう。

 俺は流れに身を任せるまま、彼女の後を付いていくのであった。


★★★


 クロバナさんはクエストに向かう途中、さっきの酒場がどんな場所か説明してくれた。


 本来のギルドは国が運営と管理を行い、レベルでしっかりと管理された安全なギルド。さっきの酒場は何らかの理由により国家運営ギルドに登録できない者達が集まる『裏ギルド』と呼称される場所らしい。


 素材屋のおじさんが言ったように、表では受けられないような仕事も斡旋されているらしい。本来なら関わり合いたくない物騒な場所である。


「ネコさんが案内してきたってことは、何か困ってたでしょ?」

「恥ずかしい話だけど、ステータスが低すぎてギルドに登録できなかったから途方に暮れてまして……」

「なるほどなるほど」


 ふむふむとクロバナさんは俺を見つめると、にやにやと笑った。

 全身黒ずくめのわりに、笑うだけで目を引き付けられるような容姿だ。


「私もここまで能力の低い生物を見たことないけど、どうやって生きてきたの?」

「普通に働いて生きてきたよ、転移前は」

「転移前? おにーさんは召喚英雄なんだね、だから見たこともない格好なんだ」

「スキルなし、職業なしだから、召喚されてすぐに追い出されたけどね」


 今、思えばせめて初期装備とか路銀ろぎんくらいくれても良かったんじゃなかろうか。


「追放されたから、冒険者で生きていこうと思ったの?」

「まずは己の力で生き抜いてみようかと」

「意気込みは好きだけど、無謀と勇気が別物なのは有名な話だよ、おにーさん」

 

 おっしゃる通りです。

 分かっちゃいるけど、異世界に来たらやっぱり自由に冒険者になってみたいのは誰もが夢見るだろう?


 森の中をほどなく進むと、大きな口をあける洞窟に到着した。


 入り口の立て看板には【鉱山】と書かれているが、被さるように【現在立ち入り禁止 国立冒険者ギルド】と紙が貼られている。


「着いたよ、王都セブンスの初心者向けダンジョンへ、ようこそお」

 

 黒の魔女は両手を広げて俺に微笑む。  


「おお、これがダンジョン……思いの他、まがまがしい」


 初心者ダンジョンという割には入り口から漏れる真っ黒な瘴気が、入る者を拒んでいる。心なしかモンスターの鳴き声も聞こえてきそうだ。


「今回は初心者ダンジョンが、何故レベル50仕様になったかの調査・解決のクエストでーす♪」


「♪を付けても全然、楽しそうじゃないから!

 なんでそんなになっちゃったんだよ!」


 ああ、そうかだから国家運営ギルドで初心者ダンジョンの紹介を断られたのね!


「それを調べるのが私のお仕事でーす」


 クロバナさんは入り口を通せんぼする様に俺に振り返る。


「ネコさんへのお礼はここまで。思ったより瘴気が深いから、冒険者ごっこツアーは終了ですっ」

「いや俺もいくよ、これで食べていく算段をつけなきゃだし」

「ダメだよ、レベル1の人を入れて死んじゃったら後味悪いし、誰もそこまで望んじゃいないよ」


 クロバナさんは鉱山の入り口まで歩く。

 軽く手を振ると、洞窟と外の境界線に薄いシールドのようなものを展開した。

 おそらく、他者が入れない魔法か何かだろう。


「ここから先は通行止め、じゃあねえ、おにーさん♪」


 呆気にとられる俺をよそに、彼女は鉱山の奥へと消えて行っていく。

 ただ取り残された俺は己の拳を2~3回ほど握り、ゆっくり息を吐く。


「おっし、行くかあ!」







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🌸次回:第5話 最凶の一振り↓

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