第6話 スーサイドスクワット

 パパ率いる愉快な子分たち(地元のワンピカ界隈)の、月に一度の恒例行事。


 パパ主催の『パパ杯』が開催された。

 

 参加費は千円と安くないが、その分充実した景品が揃えられており。基本金額に見合った物が全員に還元される仕組みだ。


 上位に入賞すれば、景品もより豪華になる。


 仲良しメンバーだけの大会ということもあって、パパは利益を得ようとあまり考えていない。赤字になってしまうことすらある。


 そのことをみんな知っているから、無償で景品を提供する人も少なくない。


 ようは全員がハッピーになるための大会なのだ。


 毎度愉快なドラマがあって思い出深いが、記憶に残っているエピソードを一つ。


 その日はいつにもまして黒色師匠が好調だった。

(海は惨敗)


 並み居る猛者たちを薙ぎ倒し、全勝者として決勝席までたどり着いた。


 対戦相手はパパ杯最弱の男、『チャリンコ』。

 ネタデッキをこよなく愛し、愛された男。


 ときたま負けず嫌いが発動して、ガチデッキを握るのはご愛嬌。

 

 勝つことより楽しむことに重きをおくエンジョイ勢だが、なんとこたびは最強格の黒色師匠に挑むのだ。


 全員が固唾を持って見守るなか、意外や勝負の行方は分からなくなった。


 この日のチャリンコは一味違った。いつにも増して真剣な眼差し。ゾーンに入っているのではと疑うほど深い集中。


 試合展開は一進一退。30分が過ぎようとしていた。


 どことなく『チャリンコ頑張れ』と応援する雰囲気が漂うなか、ついに決着がついた。


 チャリンコは惜敗し。

 みごと黒色師匠が勝ったのだ。


 すごい! 白熱した。惜しい! 面白かった!

 たくさんのポジティブな感想が錯綜さくそうするなか、僕の心には薄暗い感情が芽生えていた。


『黒色師匠、最近勝ちすぎじゃね? だれかギャフンと言わせて欲しい』


 知ってか知らずか、イタズラ好きのパパはしっかりと黒色師匠に仕置きを用意していた。


 贈呈された優勝景品の中に『ソレ』が含まれていたのだ。


『スクワット券』である。


 TCGはインドアな遊びである。当然メンバーもインドア派の人が多く、体を動かすことからはかけ離れている。


 ゆえに、そんな人たちがスクワットをする姿が映えるのだ。


 いい罰ゲームだと皆が笑う中、事態は深刻になっていった。


 パパ杯にはランダム抽選賞が用意されていた。全員がサイコロを振り、出た目に合わせて追加で景品がもらえるのだ。


 パパはお調子者だから、ついこんなことを口走ってしまった。


「サイコロ机から落としたやつ、スクワットで」


 そこまではまだ良かった。笑っていられた。

 

 問題は黒色師匠だ。

 前話で話したが、師匠は本当に運がない。


 サイコロゲームにおいて、その才はいかんなく発揮された。(賽だけに。卍)


 落とす。落とす。いくども落とす。師匠はわざとかと勘繰ってしまうくらいサイコロを落とし、スクワット回数は累積されていった。


 その数50。


 これを少ないと言う人は、スクワットを知らなさすぎる。


 普段運動をしない人が急に50回もやったものなら、次の日は確実に筋肉痛になって、歩行がままならなくなる。バンビちゃんの如く、震えが止まらなくなるはずだ。


 僕は部活動で散々やらされていたからこそ、あの場でただ一人罰の恐ろしさに気づいていた。


 だがみんなはノリノリで黒色師匠にやらせようとしていた。


 これが集団心理というものか。

 無慈悲にも刑は執行された。


 師匠のスクワットが始まる。


 残酷なカウントの開始。

 だが僕はすぐに認識を改めた。


 のだ。

 師匠のスクワットフォームが。


 上体はまっすぐに起こされ、的確に下半身へ負荷をかけている。カウントが進んでも体幹はブレることなく、まるで一本杉かのように凛とした佇まい。


 相貌そうぼうは恥じらいをそぎ落とした真剣な眼差し。


 普段口数少なく、クールな印象の強い黒色師匠が。知的でインテリジェンス溢れる黒色師匠が。


 まるで野球球児の夏のように。

 過酷なスクワットを完遂していた。


 僕は感動した。

 感動と同時に、『黒色師匠とスクワット』という作品のギャップで大いに笑った。

 会場は爆笑の渦で包まれた。


 身内ノリここに極まれり。

 パパ杯に関係のないお客さんたちからは、白い目を向けられていた。


 ソレからというもの、パパ杯ではスクワットが恒例行事となっている。


 十数人もの参加者が、カドショで横並びになってスクワットをするという異様な光景が、度々目撃されている。


 だが、全員やり終えても、一人スクワットを続ける黒色師匠。


 彼は絶望的に運がない。示し合わしたかのように、毎度スクワット回数一位を叩き出す。


 いつの日かパパ杯は、黒色師匠のスクワットを見届ける会にかわっていた。


 誰が呼んだか。師匠には『スクワットマスター』の二つ名がついた。


「なんでカードしにきて、筋肉痛になってるん?」


 次回『ムラっ気やまさんと大阪遠征。魂の3on3』に続く。

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