第2話 先輩風トッシーと初めての敗北

 推し活のためなら私財すら切り売りするのが通例となった昨今において。

 その推しで遊べるとなれば、いよいよ重い腰を上げざるを得ない。


 僕は至急ワンピカのルールを覚えるために、デッキ制作に取り掛かった。


 選ばれたのは『紫ルフィ』だ。


 ルフィはワンピースの主人公、能力も初心者向きであると聞き、作らない理由はなかった。


 テンプレ通りの、なんの捻りもない平凡な構築だったが、完成したときの感動は今でも仔細しさいに覚えている。


 RやSRといったキラキラのカードたちで彩られた50枚は、僕に興奮と熱狂をもたらした。


 なんだこれ! カッコ良すぎるだろ!!


 ワクワクに急かされるまま一人回しを徹夜で行った。

 ルールを覚えるのにそう時間はかからなかった。


 ちなみに僕は、決断したら止まれないタチである。


 あの日は土曜の夜だった。


 無性に出てみたくなってしまったのだ。

 次の日の『スタンダートバトル』に。


 すぐさま地元のカドショに応募し、『当選』の文字を確認するやバイクを走らせた。


 席に着く。


 焦燥と緊張にさらされた初心者は、たかがスタバだというのに心臓がはちきれんばかりにドキドキしていた。


 部活の大会よりも間違いなく緊張していただろう。僕はあがり症なのだ。


 そんななか迎えた定刻、初めての対戦相手は幸運にもいい人だった。


『トッシー』さんだ。


 トッシーさんは穏やかな見た目をしており、物腰柔らかい口調も相まって、かなり僕の緊張をほぐしていただけた。


 手始めに、自分が初心者であること、今日が公式戦初試合であることなどを伝えてみる。


 それがキッカケになってしまったのか、トッシーさんは柔和な表情から指導者の顔つきになった。


 対戦マナー、細かなルール、専門用語。

 頼んでもいないことまでいくらでも教えていただけた。


 ありがたい限りだし、悪感情などつゆともないが、無礼者の僕は思わずにいられなかった。


『この人めちゃくちゃ先輩風吹かしてくるな!!』と。


(こちらとしても大歓迎であったことは留意しておきたい)


 トッシーさんの熱心な指導はとどまることを知らず、ついにはプレイヤーがもつべき精神性にまで話は及んでいった。


 そのせいもあってか、対戦時間は終了目前にまで差し迫っていた。


 トッシーさんが使っていたデッキは、アグロ最速の『赤黄ベロベティ』である。

 試合(指導)がいかに白熱していたのかが窺い知れるだろう。


 結果は僕の勝ちだ。


 勝ってしまった。

 尊敬すら覚え始めていた偉大なる先輩に、圧勝してしまった。


 初対面なのに、初対戦なのに、タメ語で話しかけてくるくらい打ち解けてくれた恩人なのに。完膚なきまでにねじ伏せてしまった。


 TCG始めて1日目の若輩者が。


 気まずい。気まずい。非常に気まずい。


『7キ3連打はアカンてぇ〜』


 今でもこの言葉は忘れられず脳裏にいる。

 どの至言、どのアドバイスよりも強く印象に残っている。


 僕の初めての公式戦は、勝利という形で幕を閉ざした。

 嬉しさよりも気まずさが勝っていた。


 トッシーさんの教えは今でも深く奥底に根付いている。


 ワンピカ界隈だけでない。

 何事も、初心者の方には優しくしなくちゃなと、決意を新たにした所存である。


 トッシーさんはいい人だ。今でも良くしてもらっています。


 ちなみに二戦目は大敗だった。

 相手は小学四年生だった。


 カタクリ使いの彼は鼻高々に声を上げた。


『今、どんな気持ち〜?』


 僕がこの界隈を好きになった瞬間である。

 

 なお、現在ではカタクリくんと、兄弟と呼び合えるほど仲良くなっている。


 僕が次男らしい。


 次話『僕のヤマトは二万円』に続く。

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