第22話 少しだけ変わった日常
まったく集中できないんだが……
イケメンの言う通り真っ直ぐ塾へ向かい勉強を始めたのはいいものの、三人のことが気になって内容がほとんど頭に入ってこない。
仕方がない。帰るか……
多分、事の顛末を聞かない限りずっとこのままだろう。
そう考え、校舎全体が休憩時間に入ったタイミングで片づけを済ませ、実習室を後にすると、ちょうど廊下で郡山さんとすれ違う。
「あれ、真竹くん。もう帰るの?」
不思議そうに首を傾げる郡山さんに、俺は気まずさを覚えながら答える。
「今日はどうにも集中できなくてな」
「大丈夫? ここに来るとき、少し気分が優れないように見えたから」
「えっ、そう見えたか?」
「うん」
自分では感情を表情に出さないようにしていたつもりだったのだが、郡山さんには通じなかったか。
「少し気になることがあるんだ」
「それって大日南さんのこと?」
「まあな」
少しだけ郡山さんの表情が曇る。
普段この時間には来ている凪咲がいないことから、郡山さんもきっと気になっていたのだろう。
俺は安心させるように小さく笑みを浮かべながら続ける。
「心配する必要はない。今日中に片付くだろうからな」
「――そっか」
俺の言葉を聞いて郡山さんは小さく頷くと、表情をいつも通りフラットなものに戻してから、俺に小さく手を振って自習室へと帰っていく。
その相変わらずな様子に少し張っていた気が和らぐのを感じながら、俺は塾ビルの外へ出る。
すると、こちらに向かって乱れた呼吸音が近づいてくる。
「覚士――っ!」
名前を呼ばれた方を振り向くと、そこには額に薄っすらと汗を浮かべる凪咲の姿があった。
俺はすぐに彼女のもとへと移動し、腕を差し出す。
そして、凪咲が俺の腕を身体を支えるように抱き寄せたところで尋ねた。
「どうしたんだ……?」
凪咲は少しだけ呼吸を整えた後、答える。
「覚士に、伝えたいことがあって」
「伝えたいこと……まさか……早坂兄妹に何かあったのか!?」
「えっ、ち、違う! いや、何かあった意味では、え、えっと……」
「どっちなんだ!」
「え、え~と~っ!?」
俺の方がこの状況に混乱しているはずなのに、凪咲のほうが先にこんがらがってしまい、そのせいで俺は冷静さを取り戻した。
「凪咲、落ち着くんだ。一から、何があったのか話してくれ」
「わ、わかった――」
それから凪咲は放課後に何があったのか、時折たどたどしくなりながらも説明してくれた。
「なるほどな」
話をすべて聞き終わり、俺は小さく頷く。
どうやら、あのイケメンはこうなることが最初からわかっていたらしい。
でなければ、あんな約束を事前に俺にさせないはずだ。
というか、さり気なく潤さんが切り札とか普通にすごいな!
「覚士?」
「あ、いや何でもない。それより、改めて凪咲の決断を聞かせてもらってもいいか?」
「う、うん……!」
凪咲は俺から数歩離れると、そのまま深々と頭を下げた。
「改めて。覚士、私も学校で覚士たちと一緒にいさせてください!」
「わかった」
「えっ、はや……っ!?」
俺の返事の速さに、凪咲が驚きを露わにする。
「いいの、本当に……?」
「ああ」
これは前から決めていたことだからな。
凪咲が高下たちと一緒にいると決めた時点で、いつでも凪咲を受け入れる準備はしていた。
「話はこれだけか?」
「そ、そうだけど……」
「そうか」
凪咲は瞬きを何度かしながら、口をポカンと開けている。
もしかしたら、俺に何か言われるとでも思っていたのだろうか。そんなことあるわけないのに。
「さて、これからどうするかな……」
心配事がなくなったので、もう一度勉強といきたいところなのだが、生憎と今度は肩の力が抜けてしまった。多分今日は無理だろう。
そう思っていると、塾のビルの扉が開かれる。
「あれ、真竹くんと大日南さん?」
扉から出てきた郡山さんが俺たちを見て疑問符を浮かべる。
「どうしたんだ?」
「私も何だか集中できなくて、それで……」
廊下で別れたときはいつも通り飄々としていたのだが、どうやら内心は少し違ったらしい。
「なら、三人で一緒に帰るか」
こうして、結局俺たちは普段と同じように、三人で一緒に帰路についた。
そして、郡山さんと別れたところで、イケメンから事態が無事に収拾した連絡が来た。ちなみに、特にけが人は出なかったとのこと。
そのことに安堵しながら、俺は家の玄関をくぐるのだった。
※※※
翌日。クラスには五つの空席ができていた。
空席なのは、高下のグループの五人。
どうやら事態を受けて学校はこの五人に停学処分を下したらしい。内容は、高下がひと月で他のメンバーは一週間だそうだ。
この調子だと、高下は来月下旬に控える期末テストは受けられそうにないな。
「少し可哀そうだな」
「何が可哀そうなんだ?」
心の声が思わず出てしまうと、目の前でメロンパンをかじるイケメンに突っ込まれる。そして――
「え~、気になるんだけど~ね~凪咲っち」
「うん。何考えてたの、覚士」
イケメンの隣にはいつも通りギャルが、そしてさらにその隣には凪咲の姿がある。
見ての通り、今日から俺たちのグループに凪咲が加わった。
はっきり言って、前のグループにいたときとは比べ物にならないほど生き生きとしている。
俺はそのことに嬉しさを覚えながらも、話をはぐらかそうと試みる。
「俺のことは置いておいて、そういえば潤さんはどうしたんだ?」
普段なら昼休みが始まってすぐここに来ているというのに、今日は来ていない。
「ああ、たぶん潤さんは生徒会だろうな」
「生徒会? どうして」
「昨日の活躍で目をつけられたみたいだよ~」
「へ~、ちなみにあの後どうだったの?」
それから話題が潤さんの活躍に移り変わる中、俺は生徒会という単語を聞いて少しだけ嫌な予感を覚えた。
※※※
「それでは、失礼しますわ」
生徒会室の扉を潤さんが閉めて去ったところで、私は呟く。
「真竹覚士か」
「はい。本当に忌々しい男です」
「まあ、そう言わないでくれ副会長」
「で、ですが会長」
まあ、彼女が言いたいことはわかる。
昨日の暴力事件といってもほぼ未遂だが、色々と事情を聴くと、加害者側の生徒全員が真竹覚士が悪いと口をそろえて言っていた。
ただでさえ、ここに来ていたときから嫌っていたことに加えて、今回のことだ。彼女がこう言いたくなるのも無理はない。
だが、少しだけ気になることがある。
ここに来ていた時は、彼は決してあそこまで敵視されるようには見えなかった。
もしかするとあの日――私に告白した日以降に、彼の中で何かが変わったのかもしれない……となると――
「私にも原因の一端はあるということか」
「会長?」
「いや、何でもない」
細かいことは抜きにしても、まず今やらなければならないことは一つだ。
真竹覚士をどうやって生徒会に入れるのか。
今は全力でその方法について考えよう。
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