第3話 不思議な関係
「話し相手になって欲しいですか」
「うん」
「それって古賀さんにとって休憩になるんですか?」
「休憩っていう訳ではないかな」
「話すだけで300円払ってもらうっておかしくないですか?そんな価値ないですよ、私と話しても」
「いいのいいの。気分転換になるから」
古賀さんはバックからグミを取り出し、パクっと1つ食べる。
「食べる?」
「あっはい。いただきます」
なるべく他のグミに触らないようにさっと取り、口に入れる。
普段グミをあんまり食べないからか、久しぶりに食べると美味しい。
古賀さんはパクパクグミを食べるだけで、なかなか話しかけてこない。
「このカラオケって使えるんですか?」
「うん、使えるよ。歌いたい?」
「いや、いいです。さすがに聞かれるの恥ずかしので」
「へーーそうなんだ」
「なんでニヤニヤしてるんですか?」
「いや? めっちゃ上手いのになーって思って」
「え?」
「時々聞こえてくるんだよね」
「えっまじですか?」
「まじ」
私は恥ずかしくて、「最悪~」と両手で顔を隠す。
「ごめんごめん。今度から少し離れた部屋にするから」
手の隙間から古賀さんを見ると、明らかに心配している様子じゃなくてまだニヤニヤしている。
「絶対聞こえない部屋でお願いします!」
「うん。そんなに嫌なんだね」
「嫌ですよ! 古賀さんは嫌じゃないんですか?」
「たぶん」
「じゃあ歌ってください」
「やだ」
「ほら!」
無邪気に笑う古賀さんにつられて、こっちにも笑いが移ってしまう。
「もーいいです。そんなことより、店番は大丈夫なんですか?」
「あーそれは大丈夫。店の電話持ってきたし」
「お客さん来た時は?」
「来たらセンサーが反応して鳴るんだよね」
確かに店の入り口をまたぐと、キーンコーンとチャイムみたいなのが鳴っていた気がする。
「しかもこの時間あんまり来ないから、ちょうどみんな忙しい時間だからさ」
「そうなんですか?」
「この時間大体みんな帰宅したりご飯食べたり風呂入ったりしてるでしょ?」
「たしかに」
時計を見ると18時半くらいで、うちの両親もそろそろ帰ってくる頃だ。
「そういえばさ、聞いてみたい事あるんだけどいい?」
「はい、なんですか?」
「朝日さん結構来てくれてるよね、ポップに。 それはなんで?」
「なんでって、どういうことですか?」
「いやまあ学生にしては多いっていうのもあるし、そんなに歌ってないでしょ?
だから何しに来てるのかなって思って」
「確かにそんなに歌ってはないですね。気が向いた時くらいで、それ以外はスマホいじったり、寝たりしてます」
「そっか。でもそれってさ、学校でもできるじゃん?家でもできるけど」
「うーん、まあそうなんですけどね」
しばらく微妙な間が空いて、沈黙が流れる。
「ごめん、別に詮索したいとかじゃなくて、ただ気になっただけ」
「いえ、大丈夫ですよ。 そんなに大層な話じゃなくて、ただ1人になりたいんですよね」
「1人になりたい?」
「そうです。学校って毎日同じ人に会うじゃないですか?それがあんまり向いてないみたいで。友達は普通にいて、仲も良いんですけど毎日会うのは疲れるっていうか。1人の時間も欲しいみたいな」
「なるほどねー1人の時間大切だよね」
「だからせめて週2くらいは1人でいる時間欲しいなって思って、ポップに来てます」
「ふーん」
「別に友達といるのが嫌ってわけじゃないですからね。ここに来ない日は一緒に遊び行ったり、休日も出かけしたりしますから」
「わかってるわかってる」
古賀さんはそうなのかーと小さい声で囁き、くるっと私の方を向く。
「じゃあもしかして、朝日さんの1人時間邪魔していることにならない?今」
「いや、それは違います」
「違うの?」
「なんていうんですかね、古賀さんは同級生じゃないし、邪魔されているとは全く思ってないです。年も違いますし、なんかちょっと違った感じがします」
「そっか、ならよかった」
「うんうん。あと菜津でいいですよ、朝日さんじゃなくて」
「菜津ちゃん」
「ちゃんも要らないです」
「急に呼び捨てはなんかあれだからちゃん付けにさせて」
「わかりました」
バッグから水筒を取り出して、ごくりと喉を潤す。
「古賀さんのことも教えてくださいよ」
「私のこと?例えば?」
「うーん、ここで働いてる理由とか」
「理由かー。 特にないけど、まあ楽だからねこのバイト。緩そうでしょ?」
肯定して良いのかわからなくて、まあーそうかも?と濁す。
「普通のバイトならこんなことできないからね、今みたいに業務ほったらかすとか」
「怒られたりしないんですか?」
「しないね、社員さんもあんまり来ないからさ」
「あのーこのお店大丈夫ですか? あんまりお客さんも来てなさそうで・・・」
「あー大丈夫じゃないよ」
「大丈夫じゃない!?」
「うん、閉店する」
「え?」
突然の告白に脳がフリーズする。
「ほんとですか。いつですか?」
「今年いっぱいで終わり、だからあと半年くらい」
「まじですか」
「まじまじ」
「えー結構お気に入りだったんですけど」
こうやって放課後の時間を潰せる場所は貴重で、ポップが無くなったらまたどこか違うところを探さないといけない。
「じゃあ古賀さんは新しいバイト探す感じですか?」
「いや、探さないかなー」
「そうなんですか?」
「うん。お金も結構溜まったし、新しいバイト探すの面倒だからね」
「でも大学生ってお金かかるんじゃないですか?」
「いや? そうでもないけど」
「あれ、そうなんですか。私の大学生イメージはサークルとか飲み会とかで忙しそうな感じですけど」
「あーそういう人はかかるね。私はサークルも入ってないし、飲み会も殆どないんだよね」
「そうなんですか」
「サークルは部活と違って入らないといけないなんてことはないよ。しかも一般の大学はどうか知らないけど、うちの大学は高校みたいなクラス制度っていうのがないんだよ。だから自分から行動しないと基本友達は作りにくいし、学校みたいに1人でいる子に気を使ってグループに入れてあげるとかあんまりないよ」
「そういうものなんですね」
「そう。私はそういうの苦手だからあんまり友達がいないんだよね」
古賀さんは友達が少ないことを恥じる素振りもなく、堂々と話す。
「私、大人数で行動するのが好きじゃないんだよね。狭く深くっていうか、少数の人と仲良くしてる感じ」
「そうなんですね。でもちょっと分かる気がします。今までは大人数でわいわいするのが好きだったんですけど、最近はそっちの方が楽かなって思ってきちゃって」
「どっちが良いか悪いかは人それぞれだけどね、もしかしたら私たち似てるかもね」
「そうですね」
少し見つめ合って、クスっと笑いがこみあげてくる。
「こういう話、同級生にはできないのでなんか嬉しいです」
「それならよかった」
古賀さんとは出会って間もないけど、心の内を話せるようになってかなり距離が縮まった気がする。
自分の本心を話せる相手っていうのは特別で、普段の私を知らない古賀さんにならこれからも話したいと思えるし、否定も肯定もしないでありのままで受け止めてくれる。
カラオケに来て、歌を歌ったりスマホを眺めている時よりもこうやって古賀さんと話しているときの方がなんだか落ち着くし、楽しい。
「あっもう20分過ぎてるから、今日はここまでにしよ」
「ほんとだ! あっという間で気づきませんでした」
古賀さんと近くなれたと思った矢先、時間はあっという間に過ぎていて、私はしぶしぶ帰り支度をする。
古賀さんと一緒に部屋を出て、古賀さんの後について行く。
前を歩く古賀さんの背中を見て、不意に帰りたくない、もっと色々なことを話してみたいと思った。
「あの!」
「ん?」
古賀さんは歩みを止めて振り返る。
「次来た時って、またこうして話せますか?」
「話したいの?」
「はい」
私は少し恥ずかしくて、髪を触る。
「そっか、ちょっとまってて」
そう言って古賀さんは受付からなにかの紙をとってきて、私に渡す。
「これは?」
「シフト表。これ見れば私がいる時間わかるからさ、写真撮りな」
ほらほらと古賀さんは写真を取るように促すので、2,3枚連写する。
シフト表を見ると古賀さんは週3くらいで働いていて、次は明後日にいるらしい。
「あっこれほんとはダメだかね。口外禁止ね」
「わかりました」
「じゃあ帰るよ」
古賀さんは店の外まで見送ってくれて、ばいばいと手を振って応える。
帰り道、明後日また会えることに私の心は踊り、笑みがこぼれる。
でもその明後日、ポップにいたのは古賀さんじゃなくて、別の店員さんだった。
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