2回目のバイト

第2話 話すだけのバイト

「いらっしゃいませー あっ」


 あの日からはや2日、私はまたカラオケに来た。


 このカラオケ店は『カラオケポップ』という名前で、それとは似つかないくらい閑静な商店街の一角に立っている。

 商店街にあるほとんどのお店は閉まっていて、生き残っているのは地元のコンビニと喫茶店くらいしかない。

 こんな中でよく潰れないなと毎回思うけど、私にとってポップは大切な場所なので閉店してほしくない。


「こんにちは」

「いらっしゃいませ、来てくれたんだね」


 いつも通りのテンションが低く、いい意味でやる気のない声色に安心する。


「はい!」


 前のこともあって、お互い何か話したほうがいいのかなという雰囲気が流れる。

 適当な話題ないかなーと店員さんを見ると、ふと胸元に名札がついていることに気付いた。


「あの、古賀さんって言うんですね」

「えっ? あーこれね」


 古賀さんは視線を落とし、名札を優しくなでる。


「名札っていつも付けてました?」

「いや、めんどくさくてあんまりつけてない」

「そうなんですね、下の名前はなんて言うんですか?」

「瞳です」

「瞳さんか、いい名前ですね!」

 古賀さんの表情が少し緩んだ気がする。


「ありがとうございます、逆にお名前は?」

「私ですか? 朝日菜津って言います」

「朝日さん」

「はい。あの、前回はありがとうございました」

「いえいえ」

「あの電話とか大丈夫でした?」

「うん問題なかったよ」

「よかったです」

「財布は見つかりました?」

「はい! 家に置いて来てたみたいで」

「そっかそっか」


「そういえば前私の制服見て、清女って言ってましたよね? 古賀さんもここら辺にお住まいなんですか?」

「そうだよ。私も高校清女だったから」

「えっそうなんですね! 先輩だ! 今は大学生とかですか?」

「そう、大学2年だよ。 光星大学っていうところに行ってる」

「え!? 私そこ第1志望なんですよ!」

「高3?」

「そうですそうです! うわーいいな・・・ 私も行けるように頑張ります!」

「うん頑張ってね」


 ある程度会話が続き、受付に進む。


「今日も学生パックでいい?」

「はい!」


 学生パックは学生限定のサービスで、20時までのフリータイムが300円で利用できる。これにドリンクバーも含まれているからかなりお得だ。


「部屋の希望はある?」

「どこでも大丈夫です」


 古賀さんは受付表にさっと何かを書き込み、伝票に挟んでこちらに差し出す。


「ありがとうございます」

「ごゆっくりどうぞ」


 軽く会釈をしていつもの5号室に向かう。

 この部屋が一番ドリンクバーに近いのでとても便利な部屋だ。ただ、フロントにもかなり近いので時々歌声が漏れてるんじゃないかと思って恥ずかしくなることがある。

 

 部屋に入り、いつものように靴を脱ぎ、ソファに横たわる。いつものソファなのに、古賀さんがこのソファで寝ていた光景をパッと思い出して少し違和感を覚える。

 そういえば私がこのソファに寝転ぶと足を伸ばしても少し余るくらいだけど、あの時の古賀さんは足を曲げないとはみ出してしまうくらいだったから、結構身長差がありそうだ。


 うーとあくびをして、とりあえずSNSを徘徊する。

 部活の打ち上げとか彼氏とのデートとかそういうキラキラしたインスタを見ては、私は少しずつダメージを喰らう。

 みんなには「写真苦手だから」とか適当な理由を言ってあまりあげないけど、実際はそんなに自慢できる事がないだけで、つくづく向いていないなと実感する。ただ見なければいい話だけど、やっぱり気になって見てしまうし、話しのネタにもなるからやめられない。


 次第に目がしばしばしてきたので、スマホをテーブルに置き、仮眠をとろうと目をつむる。


 カラオケ画面には聞いたことがないアイドルのバラエティー番組みたいなのが流れていて、それをラジオ感覚で聞く。

 どうやらデビューしたてのアイドルらしく、司会者の面白くないギャグに大げさなくらい笑っているし、自分の番じゃなくても常に相槌やガヤを入れて盛り上げようとしている。すごく頑張っている姿なのかもしれないけど、そういう振る舞いが学校での私と似ていて、胸がキュッと痛む。

 アイドルになったきっかけは?みたいな質問までは覚えているけど、ハッと目を覚ました時にはもうその番組は終わっていて、時間も1時間くらい経っていた。


 喉を潤すために、寝ぼけ眼のままドリンクバーに向かう。


 受付には珍しく古賀さんがいたけど、突っ伏して寝ている。

 

 ほんといつも眠そうだな

 

 コップにガラガラと氷を入れ、ウーロン茶を目一杯注ぎ、寝ている古賀さんを横目に部屋に戻る。


 さっきだいぶ寝たおかげか、なんだか元気があっていつもより歌うモチベーションが高い。最初に歌う曲は決まっていて、そんなに好きな曲じゃないけど音程バーを見て、歌声を慣らしていく。

 1人で歌う時はいつも採点を入れるけど、友達と入れるときは自分からは入れない。どっちが点数高いかっていうカラオケはあまり楽しくないし、私は思いのほか歌が上手いみたいだから大抵勝ってしまう。

 しかも私が歌いたい曲はマイナーなバンドで、周りに合わせて流行りの曲を選ばないといけないなんてこともないから、カラオケは1人の方が楽しめる。


 好きな曲を満足するまで歌って、部屋を出ることにする。

 バッグを膝の上に載せ、改めて財布があるか確認する。今朝も確認したけど、また忘れて古賀さんに払ってもらうみたいな流れは避けたい。

 案の定すぐ財布は見つかり、残っているウーロン茶を一気に飲み干して、伝票を片手に部屋を出る。


 フロントにはさっき寝ていた古賀さんはいなかったので、呼び鈴を鳴らす。


「はーい」


 前回とは違って、少し早足で古賀さんが歩いてくる。


「お会計おねがいします」

「はい、300円です」

「今日はちゃんと財布持っています!」


 手に持っている財布を自慢げに見せ、トレーに300円を出し「お願いします」と差し出す。

 しかし古賀さんはしばらくトレーを見つめたまま、なぜか300円に手を伸ばそうとしない。


「あのー古賀さん?」

「あっうん」 


 やっぱり古賀さんの視線はトレーから離れないまま、何か言いたげな顔をしているように見える。


「どうかしました?」

「あのさ、前みたいな感じでお願いしてもいいかな?」

「前みたいな感じ?」

「そう、私が300円払う」

「えーっと、それで私が代わりに働くみたいな感じですか?」


 古賀さんはうんうんと頷く。


「どうかな?この後時間ないなら大丈夫なんだけど」

「いえ、特に何もないですけど」

「じゃあお願いしていい?」


 今日はちゃんと払えるのになんでだろう?

 まあ、前と同じ感じで店番するだけだったらそんなに難しくないし、逆にそれだけで300円払わなくていいなら結構お得かもしれない。


「わかりました。いいですよ」

「ほんと? ありがとう」

「っていうか逆に良いんですか? なんかお金払ってないの申し訳なくて」

「大丈夫だよ、心配しないで」


 そう言って用意していたかのようにポケットから300円を取り出し、レジに入れる。私はトレーから300円を戻し、財布にしまう。


「お客さんが来たり電話が鳴ったりしたら呼べばいいですか?」

「あーいや、今日は店番じゃなくて」

「店番じゃなくて?」

「うん、ちょっと来て」


 古賀さんに、受付に来るように手招きされる。


「えっ? 入っていいんですか?」

「大丈夫だよ」


 恐る恐る受付側に周ると、古賀さんは脇にあった店の電話をポケットにしまい、受付の奥へ歩き出してしまう。

 

「ついてきて」


 古賀さんは受付の奥にある厨房を通り過ぎ、更に奥にあるカラオケの部屋に入っていった。


「入って入って」

「これは何の部屋ですか?」

「もう使ってないカラオケルームなんだよね。今は更衣室になってる」

「そうなんですね」

「そこ座って」


 古賀さんは電気をつけ、少しスペースを空けて私の横に座る。


「あのー私は何をすれば・・・」

「ちょっと話聞きたくて」

「話ですか?」

「そう。まあ話を聞きたいというか会話したいというか」

「会話したい? 私とですか?」

「うん。20分でいいからさ、私の話し相手になって」

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