来訪者と叶え屋

 とある一室で一人の女が頭を抱えていた。


「この世界は何なのだ……」


 彼女は虚空に捨てられた世界の住人。宇宙連合部隊の最強の戦士であるアシュリーと言う人であった。宿に泊まっている放浪者とは彼女の事である。


「ここが異界の穴なのか、世界の希望なのか……」


 訳の分からない事だらけである。消えゆく運命に囚われた存在が唯一をれを回避できる場所だと言われた場所までやって来た。宇宙全体の資源をかき集め、希望を託され、遭遇した世界を撃破しやって来た。それは彼女の代で叶い、これで自分たちは助かると信じていた。


「なのに、なのに……」


 もう少しで辿り着けるところで『白き巨人』と言う存在に世界が襲われ壊滅状態になり、アシュリーも含めた生き残った者たちが異界の穴に来たものの、部隊は現地の怪物と遭遇後一方的に虐殺を受け全滅した。しかも元の世界とも連絡も取れない。霧原さんに見つけられなければ、彼女も土地のシミになっていただろう。その事に頭を搔きむしる。



「ここには何もない……」


 希望も望みも何もなかった。あるのは、美しく幻想的に見えるだけの絶望の掃き溜め。あまたの強者が闊歩し、日々争い続ける終わりのない世界。



「何もないって、失礼だね」

「ッ!?誰だ!」


 部屋の外からそう言い覗き込んで来た、謎のスライム状のバケモノに気付き、咄嗟にブレードを取り出し距離を取る。


「ああ、ただの見回りだよ」

「……そ、そうか。すまない。ここには奇々怪々なものが多くて驚く事が多いのだ」


 部屋に入って来たスライムはのそっと近くの椅子に座る。


「ちょっとお話しようよ。悩みなら聞くよ?」

「……随分と親切なのだな」


 スライムとしては外から来た者やその話はいい娯楽になるのでそう言っているだけだが、限界が近いアシュリーとしては優しく見えていた。



「単なる好奇心さ。気にしなくていいよ。それに話したくないのなら言ってね、すぐにでも帰るから。ボクも霧原さんには怒られたくはないからさ」

「そうか、では少し聞いてくれないか?」


 そしてアシュリーは一つ一つ話し出す。


 自分の世界の事


「へ~、凄い立場の人だ。想像もできないよ」


 仲間たちの事


「いい仲間たちだったんだね」


 今までどんなことがあったのか


「頑張って来たんだね」


 今どんな状況かを話して行く。


「『白き巨人』ね。随分と質の悪い相手と出くわしたもんだね」


 スライムは優しく穏やかに話を聞いていく。



「そうだ。そうなのだ。みんな、いい者たちで。でも守れなくて、何もできなくて、全部失って、何も残ってなくて……」

「それは辛かったね」


 よくある話とは言え、それはそれは辛いだろう。努力と希望の果てに見つけたのが、どうしようもない絶望と、すべてを毟り取ってくる厳しい現実だと。



「うんうん可哀そうに、確かにキミからすればここは絶望の巣窟か何かに見えるだろうね。そんなキミに少しプレゼントをしてあげよう」

「え?]


 その瞬間にスライムが部屋を覆い尽くし、心地よい甘い匂いと共にアシュリーの見覚えのある世界へと変わっていく。


「幸せそうでなりより」


 ボーとするアシュリーを見て、そう思うスライム。害がないとはいえ、直接干渉すると霧原さんに怒られるので、彼の能力『夢想』によって世界を書き変え夢を見せているのだ。



「あ……」

「やっぱり対価がないとうまく行かないね」


 数年分は見せただろうか、しばらく夢を見せた後に、世界が崩れ始めてスライムへと戻っていく。それに伴い、現実に戻されたアシュリーは何とも言えない顔をしていた。


「あれは……?」

「見ての通り夢だよ。ボクはそれが出来るんだ。対価がないとあの程度しかできないけど」


 凄く残念そうだ。その程度で済むようにケアもしているので当然だが。


「ボクはね、『叶え屋』って言う存在なんだよ。条件付きだけど、何でも願いを叶えられるね」

「なんでも?それは、本当なのか?」


 叶え屋はそう言うと、アシュリーは少し考えこんで


「た、例えばだ。あの巨人を倒したいとか、世界を取り戻したいとかも?」

「うん、対価が必要だけど、それに応じた願いならなんでも」


 叶え屋の言う事は正しい。彼にとってしてみれば、白き巨人を倒すことも、世界を再生させることも可能なのだ。だがそれには対価が必要になる。



「なにを、なにを渡せばいい!どうすればあいつを倒せる!どうすれば世界を取り戻せる!」

「ちょっと、落ち着いて」


 目の色を変えたアシュリーは、そう言って叶え屋に詰め寄る。それを制止し、説明を始める叶え屋。


「率直に言うと、対価は君の存在そのものだ。肉体からその存在まで、記憶、経験、人生、過去から未来まですべてを対価にできる。キミから差し出してもらう必要があるけどね」


 それを聞いたアシュリーはその対価に少し後ずさる。今すぐ圧倒的力を得て復讐に行くことも可能なのだが、その対価が自分の存在の破滅を意味するからだ。いや、下手したらそれでも足りない事を考えたのかもしれない。



「驚いてるね。でも相応のものがないとボクは大した力が出せないんだ。その代わりにキミの願いには全力で答える。損も後悔もさせないよ」


 黙って思考を巡らせるアシュリー。復讐や世界を取り戻すとは言うが、それが致命的な自己犠牲ありきなのだから簡単にできるものではない。例えば考えたはずだ、あの夢の世界で永遠と過ごせたらとか、効率的に自分が生き残るための願いを叶えるとかが。



「……」

「別に嫌ならいいよ。無理させる気はないし。それに叶え屋は他にもいるしね。対価を要求しない、必要としない叶え屋もいるにはいる」


 願いを重要視する叶え屋たちにとって、対価や条件は願いを叶えやすくするものでしかない。中には無条件で何でも叶えられるものもいる。


「まぁピンキリではあるけどね」


 あくまで『願いを重要視する』であって、善悪は二の次なのだ。願いに忠実で真摯でも、解釈違いや性格が悪いなんてことも普通にありうる。一見同じ結果になっても、中身の作り込みが違う。



「そうか、それでも!私のすべてを差し出そう。それですべてが元に戻るなら」

「そんな急がなくてもいいと思うけどね。願いで得たものをどう使うかはキミ次第なんだから」


 叶え屋が満足すれば、採算が取れればいいのだ。なので交渉次第で、得たものを上手く使って代償を最小限に抑える事も可能である。


「善は急げと言うだろう?それにまだ私の世界が滅んだとは決まっていない。早い方がいい」

「そう?確かに滅んでないけど消滅寸前だよ?生命の化身と言うだけあるね、根こそぎ奪ってこっちに向かってきてるみたいだし。……そう意味では復讐は速くした方がいいね。他の奴に取られちゃうよ」


 正直、たかが宇宙を一つ二つ滅ぼせる存在程度ではこの異界の穴を越えられない。そんなもの定期的にやってくる強めの敵程度の認識でしかなく、異界に穴で待ち構えている戦力はそれを遥かに上回るからだ。



「口が軽いんだな」

「サービスさ。で、初めに何を望む?」


 たった一人の存在を対価に世界の脅威を排除し、世界そのものを再生させるという破格な話なに、なんとサービス精神旺盛な事だろうか。まぁ彼が欲しいものに影響がないから言っていると言うのもあるのだが。


「じゃあ、私のすべてを差し出すから、確実な復讐の成就と世界の再生を願うわ」

「自分の手で確実に、必ずか。確かにそれがいい、わかったよ。じゃあボクは君の中に入らせてもらうね。その願いのために全力でサポートすると約束しよう」


 アシュリーは願いを言う。そしてそれに答えるように部屋が優しい青い光に包まれ、光になって消えていくスライムが彼女の中へと入っていく。


「これ程の力と知識が……」


 湧き出る力と必要なだけの知識を得たアシュリーはその力に高揚感を覚える。


 だが――


「同化してすべてを失うか」


 スライムと同化してその力を際限なく引出し、願いを叶えられるようになったが、それは諸刃の剣。力を使えば使う程、願いを叶えれば叶えるほど侵食が早まり、自我も肉体も溶けて混じって消えてしまう。


「依り代がないといけないという事か……いいだろう、この力を使って必ずやり遂げて見せる!」


 そうしてアシュリーは、力を試すために部屋から出たのだった。


 

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