異界の宿
草原が広がる大穴の近くにそれなりに大きい宿が一軒、ポツンと立っていた。
「ふふん~」
「こんにちわ、霧原さん。彼女らはいますか?」
機嫌よく洗濯物を干している少女がこの宿の主、霧原さんに話しかけた黒煙龍は、とある三人組がいるかどうかを聞いた。
「黒煙龍かの?いるぞ。いつもの如く中で争っておるわ」
「日常ですね」
振り返り答える霧原さんは、宿の方を見てため息を吐いていた。
「ところでな、金を支払わんのならこれ以上は泊まらせんぞ?居座られても困るからの」
「……ちょっとまってくれませんかね?」
この宿の宿泊費は日本円にして約日1万2000円程度だ。化物と怪物溢れるこの世界で、安全と生活の保証までついてるものの中では随分と安めの価格設定だった。だが懐が寂しい黒煙龍は、待ってくれと瓶を見せる。
「なるほどの。それを売って金にすると?」
「100万以上にはしますよ。それであの部屋で延長してくれませんか?あそこは静かで好きなんですよ」
この世界で金を得る手段は、普通に働くか、賞金稼ぎか、借金か、商売とかしかない。しかもどれも競争が激しく難しい。町以下の場所では物々交換でも取引できる場所が多く、普段お金を必要としない分、こう言う所で相応に使うので困ったものである。
「うむ。あ、そうじゃ、わかっとるとは思うが無暗な争いはせんようにな。特に今は来訪者がおるからの」
「そうなんですか、気を付けます。と言うか珍しいですね。異界の穴から出てきて正気なのは」
来訪者とは、異界の穴から出て来た者たちの中でも意思疎通が成立し、かつ侵略意思のない者たちである。
「まぁの、ワシも代理とは言え守護者じゃし。敵対せんのなら話ぐらいはする必要がるんじゃよ。無暗に狩られるのも可哀そうじゃし」
「まぁ、過激派の研究者たちは限度を知りませんからね。盗賊の方がまだマシですよ」
攻撃性が低いので、ここで匿っているのだ。そしてこの世界に住むのか、元の世界に帰るかを選ばせるのだ。でなければ何も知らずに盗賊や研究者、賞金稼ぎの餌食となってしまう。
「あ奴らにも困ったものじゃよ」
「あははは、そうですね。っと、では私はこれで」
そそくさと霧原さんから離れ、宿の中に入る。
そこには受付があって、各部屋に続く廊下が伸びていたのだが、その広さや数が建物の外観と釣り合っていほど広かった。
「あら?黒煙龍じゃない。おかえりさない」
「ミドリさん。どうして受け付けを?」
目の前の彼女は黒煙龍の取引相手の一人であり、宿に住みつく迷惑三人衆の、科学者のアカネ、研究者のミドリ、技術者のアオイのうちの一人である究者のミドリがなぜか受付で働いていた。
「霧原さんにここで大人しくしてろと叱られてしまって」
「またやらかしたんですか?」
迷惑三人衆は定期的に宿の手伝いをさせられている。理由は、面倒事を良く起こしてしまうからだ。その抑制のために無賃労働させられている。
「言っとくけど来訪者になんて手を出してないわよ。別に直接触れなくても研究はできるからね。今回はちょっと賞金稼ぎの相手してただけ」
「ああ、よく来る」
一級賞金首である迷惑三人衆を狙う賞金稼ぎは多い。特にここだと異界の穴ついでにやってくるので頻繁に襲われている。まぁ彼女たちは賞金稼ぎ相手に遊んで終わらせているぐらいの強者だが。
「で残り二人は?」
「いつも通り自分の空間内で争いまくってるわ」
大量破壊兵器を好んで作り出す小人族のアオイ。あらゆる化学兵器を開発する迷宮族のアカネ。現在この二人は、アカネの隔離迷宮内で激しい戦闘を行っていた。そして異界の穴を研究している樹人族のミドリは、観戦したかったらしいが霧原さんには逆らえないので受付をしている。
「流石にあれには混ざれんなっと、これを売りに来たんですよ。どうです?」
「これは……中々いいもの持ってきたわね」
瓶を取り出し緑に見せる。瓶の中で渦巻く怨念はなぜか回復しており、黒煙龍にとってはいい誤算だった。
「呪いとか怨念の類ね。質は中々、意志や感情の塊だから使い道は多そう。しかも増殖するとなると量には困らなそうでいいわね」
「で、いくらに?」
ミドリが興味深げに観察している所で黒煙龍は値段を聞く。
「大体100万、詳細をくれるのなら150万でもいいわ。戦ったのならそれなりにわかるわよね」
「色を付けてくれるなら嬉しい限りですね」
そうして黒煙龍は戦った感想とわかる限りの性質などをミドリに教えたのだった。
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