異界の穴

@batorumania

這い出る者


 巨大大陸の中心に空いた底も先も見えない異界に繋がる穴がった。そこからは毎日何かが這い出てきて今日もその争いに明け暮れる者たちがいた。



「これはまた随分とドス黒いですね」

「ア、アアァ……」


 軽装な旅人の服装をした龍の特性を持つ人類種、龍人族の男が、穴から這い出て来たボロボロの黒騎士のような存在に話しかける。


「お仲間さんはいないんですかね?それとも、もう滅んで?」

「ア、アアァァーー!!」


 回答かのように莫大な深淵の闇をも超える怨念を巻き散らし、周囲の植物が枯れ果てた。そして『瞬動』にて一瞬で距離を詰めた黒騎士は、持っていた今にも壊れそうなハルバードで斬りかかる。



「中々ですね。虚空を超えただけはあります」

「ッ!?」


 大陸をも容易く断絶させる斬撃は、龍人族を一歩も動かすことなく『無動』で弾かれ、反撃の拳は黒騎士の鎧をクッキーのように砕き吹き飛ばす。


「でも弱い。その程度で……」

「グオワァァーー!!」


 勢いを殺して着地した黒騎士は、攻撃に対応するように更に爆発的に怨念を膨れ上がらせ、先ほどよりも速くハルバードを振るう。


「なるほど、相手が強ければその強くなると、それにこの粘着質な力、呪いですか」


 飛ぶ斬撃、『飛斬』を叩き落とした龍人族は、手にへばり付き侵食する怨念を振り払いながら構えた。


「面白いですね。楽しめそうなので嬉しい限りです……ではあなたの、あなた方の力を見せてもらいましょうか!」


 龍人族もとい、黒煙龍の周囲に黒煙が現れ、軽く周囲を包み込む。


 それに答えるように――


「ガァアッ!!」


 天にも届くほどのオーラから見える数え切れないほどの呪い、不幸、悪意、禁忌、憎悪、醜悪、執念、消失、大罪、欲望、不満、破滅、災厄、怨念の数々。


 無限に思える時を旅し、数え切れないほどの世界を滅ぼし、飲み込み突き進んで来た者たちの思いが、目の前の黒煙龍へと向けられる。



 そして次の瞬間には、黒騎士の姿が消え


「おおっ!?」


 退いた黒煙龍の目の前を斬撃が通り過ぎ、すべてを飲み込むドス黒い光が天を穿ち、破滅の波動が巨大なクレーターを生み出す。


「シィィイッ!!」


 反撃を見事な体捌きで回避した黒騎士は、ハルバードを振り回し、黒煙龍と攻防を演じる。


「強いねぇ!力だけなら二級はありますよ!」


 薄暗い戦場のど真ん中で激しい攻防と火花が散り、黒煙龍の鋭い攻撃と黒騎士の重い攻撃はぶつかり続ける。


「ッ!?」

「でもダメですね!これでは!」


 コンマ数秒の内に何十発も殴り合っているが、所詮はその程度。目に見える能力は使えていないし、細かい効果どころか性質すら通じていない。どれだけ強大な力も技も能力も封殺されれば意味はない。



「力が大きいだけではね!」

「ガァッ!?」


 互角に見えた攻防は黒煙龍の勝利に終わり、黒騎士は頭部を掴まれ地面に叩き着けられる。そして龍化を強めた手に力が入り、黒騎士の頭部が鈍い音と共に握りつぶされた果物のようにグチャグチャになった。



「逃げようとしないでください。どうせ治るんでしょう?」



 暴れる黒騎士は力が増し続けているが脅威に感じず、黒煙でオーラを抑え込み逃げ場を無くす。


「別に大層な技なんて必要ないんですよ?こうやって少し傷つけて弱いところから壊していけばこの通り、何もできなくなるでしょう?」


 黒煙が隙間に入り込み、内部を破壊し尽くす。力の総量で優っていても、操作技術で負けていればこうやって隙と弱点を突かれ続ける。



「ッ!?強引な!」


 黒騎士から放たれる禍々しいオーラが爆発のように響き、黒煙龍を吹き飛ばして地面に黒くねじれた亀裂が走る。


「やりますね!」


 亀裂からはオーラが鋭い刃のように生え、翼を広げた黒煙龍を追いかけた。だが次の瞬間に強風が吹き、刃たちは粉々に砕け散る。



「ガァアァアァッッ!!!」



 黒く輝く空間を一直線に突破し、空へと逃げた黒煙龍を叩き落とそうとハルバードを上段に構え、勢い良く振り落とす。


 その瞬間に二人の姿が消え、空中に衝撃波が広がり離れた二か所で煙が上がった。


「『空動』使って相打ちとは、私も甘いですね」


 同時に立ち上がり、膨れ上がる憎悪を確認した黒煙龍は苦笑いをする。空間を足場にして繰り出した蹴りは受け流され、龍の尻尾での反撃で相打ちをしたのだ。



「ふむ、やはり凄まじい力ですね。でしたら……」


 黒煙龍の周囲に漂っていた黒煙が徐々に濃くなり、いくつかの塊になる。


「それは直接触れたくありませんからね」


 黒騎士のハルバードが再び振り切られ、『空斬』となった斬撃は黒煙龍の体ごと、異次元の速さで世界を裂く。しかし――


「甘い!」


 黒煙龍は構え、斬撃を黒煙で流す。その隙に世界の修復を利用した超スピードで接近した黒騎士は、卓越した技量と流れるような動きでハルバードを打ち込む。


「ね?」


 だがそのすべては、生み出された黒煙の棒で流され、受けられ通じない。辛うじて攻防が成り立っているが、覆しようがない差を感じた黒騎士は――攻めた。



「んっ?」


 何もさせない。ここで手を緩めれば食われる。肉体変形も特殊能力も使わない。そんなもの隙になるだけで意味がない。ただ単純な力を爆発的に高めながら振るう、斬る、殴る。


「これはこれは!」


 ぶつかり合うハルバードと黒煙棒。速く重くなり続ける攻防。世界は震え、移動するたびに自然が破壊される殴り合い。そしてより上がったスペックにより、怨念の侵食力が上がり黒煙龍の消耗が激しくなっていた。


(対処はできますが、その分消耗が激しくなりますね)


 あらゆる特殊能力、特性、性質を封殺しているが、それは高い技量と消耗の上に成り立っている。なので長期戦になると、総量で負けている黒煙龍が不利になりやすい。



「これだから戦いは面白い!」


 霞すら見えない程の猛攻の中、黒煙龍は棒をわざと壊させ、それによりできた小さな隙を突いて黒騎士を殴り飛ばす。


「逃がしませんよ!」


 黒煙が一瞬で世界を覆い尽くし、それに対抗するように黒騎士もオーラを巻き散らす。その暗闇の中で空間を斬り裂く『空斬』と空間が割る『空撃』での応酬が繰り広げられ――


「そんなものですか!」

「ガアッァアァアッ――!!!」


 武器を失った黒騎士と黒煙龍の拳がぶつかり、黒騎士は体内を走る衝撃『重撃』を抑えきれずに、破裂しそうな腕を切り捨て逃げる。



「ッ!?」

「斬撃が出来ないとでも?」


 武器と腕を再生成しようとするが、回避したはずの飛斬が残った腕を切り落としていた。


「『曲斬』ですよ。斬撃を曲げるなんて珍しくもないでしょう?」


 焦った黒騎士は全方位からあらゆる攻撃を発生させ、斬撃や衝撃や光線などが隔離させた世界を空間を埋め尽くす。


「随分と焦ってますね?もう終わりですか?」


 しかしそれらすべては『乱動』により素通りされ、時間稼ぎにと作り出した呪骸兵も黒煙刀での『乱斬』で塵に返され、世界の壁も役に立たなかった。



「っ!、ッッ!?」


 目の前までやって来た黒煙龍に、反撃をしようと全身から棘を生やして精一杯の抵抗を示そうとした。だが急所を突かれ『尖撃』で、穴の開いた体に黒煙棒が突き刺さり、急速に侵食を始める。


「ア、アァ……!」


 黒騎士の鎧に次々と亀裂が走り、内部から漏れ出した黒い煙が周囲の景色を歪む。抵抗するように怨念がさらに増大し、空間を狂わせていく中、黒煙龍はなおも急速に相手を内部から破壊する。


「直撃を受けるってのはこういう事ですよ……」


 嵐のようになった怨念が周囲を震わせ、黒い稲妻が無差別に迸る。それに黒煙龍が静かに手を伸ばし、掌から放たれた衝撃『乱撃』が黒騎士の体を駆け巡り、何もかもが崩壊した。


「これではダメですね」


 黒煙が抜ける共に黒騎士は急速に脆く崩れていく。どんなに怨念を膨れ上がらせようと崩壊の方が速い。


 そして次の瞬間、黒騎士の体は完全に朽ち果て、怨念ごと灰となって霧散する。


「楽しかったですよ」


 黒煙龍の男はゆっくりとその場を離れながら、散らばった黒煙を手元に戻すと同時に、取り出した瓶に残りカスである怨念を回収した。


「さて、次はどんな相手が出てくるのか――次はちゃんと回収できる相手だといいですね。流石に宿代がなくなりそうなので」


 チラリと横目にした、果てしなく続く大穴の奥に潜む新たな挑戦者たちの姿を見据え、換金のために拠点に返るのだった。



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