遭遇
ドッペルゲンガーに出会って、黒い霧に包まれたと思ったら地面に落ちた。落ちて落ちて、落ち続けている。何時間か、何十時間か。もういい加減この視界も音も、肌の感覚すら無い浮遊感にも慣れてきた。嗚呼、僕はこのままどこかに叩きつけられて死ぬんだろう、お父さんに悪いことしちゃったな、でもこれはどうしようもないや、とすっかり生存を諦めてしまった頃、不意にエレベーターが止まるときのような感覚と、ざくり、と草を踏む感触と音が伝わる。
久しぶりに感じる確りとした地面に思わずへたり込む。体を支えるように地面に手をつくと、いつの間にか視界も回復してきている。自分の手は見える。足元の短い草と太い木の根が張った地面も見える。しかしそれより先、手が届かないようなところは、相変わらず黒い霧が濃く、全く見えない。
生きている。途端に安堵に包まれる。自分がどうなったのか、ここはどこなのか、アイツに連れ去られたのか。考えることはたくさんあるが、ひとまずは生きている。生きているならきっと帰る事も出来るだろうと立ち上がろうとした時、どん、とリュックサックにに何かがぶつかる感覚。もしかして、誰か居るのか、ボールがぶつかったにしてはやけに重いが、きっとどこかの公園だ、思考が巡る、これで助かる、家にだって帰ることができるだろう。
振り返るとそこには見たことのない生き物がいた。威嚇するように小さな唸り声を上げる、角の生えた兎のようなもの。なんだこれは。こんなウサギモドキ知らない。希望は無に帰す。どこだかわからない場所で、なんだかわからない、敵意剥き出しの生き物に遭った。殺されるのではと、思った。たいして大きくもない、小型犬かその程度の動物に向けられた敵意に、動けなくなってしまった。
がさり、と僕の思考を遮るように音がした。襲われる、そう覚悟したものの、いつまで経っても攻撃はされなかった。されないだけで、周りには居る。がさりがさりと草むらを掻き分ける音がする。
僕には野生動物と戦うような技術は無い。恐怖で体が強張って動かない。何か、武器さえあれば……、ふと思い出す。そういえば木刀を買っていた。長くはないが、それなりに頑丈ではあるはずと、リュックを下ろそうとした時、既に手元に木刀が転がっていた。さっきぶつけられた時に落ちたのか?考えはまとまらないが一先ず手に取る。
兎にも角にも、一刻も早くこの場所を離れなければ、そう気合を入れるように木刀を握り込み、四方八方から聞こえる草木を掻き分ける音に意識を向け恐る恐る足を進める。
幸い角兎は好戦的な生き物では無いようで先の一匹を除いて突撃してくるようなものもなく、暫く歩いた頃。
全身の肌が粟立つような嫌な感覚と、バキン、と何かが割れた音に、遂に来たかと身構え音の方に顔を向けると、耳元を何かが掠める。その何かは霧を引き裂き、その先の景色を垣間見せる。
人だ。驚いたように目を見開き僕を見つめる人がいた。すぐに霧が視界を遮るも、確かに見た。ここにも人がいる、僕はこれで助かる。その安堵感に、力が抜ける。もう、疲れた。あとはきっとあの人がなんとかしてくれる。そんな応えられるともわからない期待を最後に意識を手放す。瞼の裏は赤く眩しかった。
やいのやいのと喧騒が聞こえる。その声に引き起こされ、自分の意識を確認する。生きている。体も動く。最後に瞼を開ける。
家でも、学校の保健室の天井でもない、見知らぬ天井。夢ではなかったと小さく溜息を漏らしながら体を起こすと、どうやらソファに寝かされていた様子。そこは気にしないとして、騒がしく言い争いをしている声の方へ視線を向けるとその片方、眼鏡を掛けた男性と目が合った。
「あぁ、起きたんだね。大丈夫かい?どこか痛むところは?」
ぴたりと言い争いを止めると、そう声をかけられた。女性の方は何やら俯いたまま視線を彷徨わせている。
「えっと、大丈夫です。どこも痛みません。……あの、貴男は……?」
男性の問に答えると、こちらも問を返す。他にも聞きたいことはあるが、一先ずは。
「おっと、済まない、自己紹介がまだだったね。私は ここのマスターをしているローレンスという者だ。そっちの不機嫌そうな金髪はサンダラ。ここの美人受付兼私の秘書さ。」
「不機嫌なのは謝りますからその変な紹介やめてください…。ごめんね、いきなりこんな胡散臭いのが。」
確かに胡散臭い。金髪ロン毛に小さな色付きサングラス。役満だ。
しかし、素直に名乗られたのだからこちらも名乗るのが筋だろう。
「僕は、黒井透といいます。あの…それでここは一体…?」
「ここは冒険者ギルドの応接室。君を休ませようとね。そろそろこっちからも質問、いいかな?」
少し痛む体を起こしながら首肯する。……と言っても答えられることは少なそうだし、逆にこちらが聞きたいことが増えた。ギルドとか、日本人離れした髪色とか、何より女性のほうの耳が異様に長いこと、とか。
黒霧の王、そう呼ばれる迄の物語 @amber_555
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。黒霧の王、そう呼ばれる迄の物語の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます