第15話 説教と提案
「何でっつてもなぁ。いつもと同じだよ」
「い、いつもって……今回はかなり念の入った取材をしてきたんですよ!」
納得のいかないジャニスはなおもラッカムに詰め寄るが毎度のことだとばかりにラッカムは原稿の束を叩いて説教を始めた。
「お前が真面目にやってるのはわかってるがな? 文字数が多すぎだって言ってんだろうが! いつもの倍以上書きやがって!」
「それだけ今回は書かなきゃいけないことが多かったんです!」
「3000文字までだっ! 限られた文字で伝えるのも雑誌の仕事のうちなんだよ!」
「むぅ~~~」
頬を膨らませるジャニスにさらにラッカムは呆れた口調で続ける。
「あとなぁ……お前が嘘を書くとは思わんが、あまりにもウチの社風にあわねぇんだよなぁこの記事……『愛に殉じた悪魔』、見出しも微妙だし」
「酷いです! 見出しに一番頭使ったのに!」
「じゃ、センスが悪いんだな、ハッハッ」
「ぶん殴りますよ!?」
「おい、やめろって! お前の拳はやたら痛いんだからよ」
拳を構えたジャニスから慌てて距離をとるとラッカムは嘆息しつつも説明をする。
「まずな? ウチは硬派な記事を売りにしてるわけだ。色恋にまつわるような記事はウチの読者層からは外れるんだよ」
「むぅ」
「それと、文字数削って無理やり掲載してもだ、お前が感じた……あー、感動とか、まぁそういうのだ、それがちゃんと伝わらないんじゃ意味が無いだろうが。どころかマフィアの汚れ役とアイベリーの上流階級に繋がりがあったとだけ伝わる恐れだってある。それはお前も望むところじゃいないだろう?」
「そ、そんなのダメです!」
はっとしたジャニスに「だからこの記事はボツだ、いいな?」とラッカムは念を押した。
「うぅ……せっかく貴重な話をしていただいて、記事を見せるって……約束したのに」
ボツになった記事を抱え、いつになくジャニスは消沈してしまっていた。それほどにジャニスにとっても大事な、気持ちの入った記事だったのだ。
ラッカムもその様子を見かねたのかしばらく頭を捻っていたが何かを思い付いたのかジャニスに声をかけた。
「あー……ジャニス?」
「……何ですか?」
「文字を削るんじゃなくてな、増やしてみる……ってのはどうだ?」
「……それでは記事にならないじゃないですか」
「まぁ、聞けって。そんだけ書けるなら記事に拘る必要はないかもしれんぞ」
そうしてラッカムはジャニスに自らの思い付きを語り始めた。
▽
――それから、数日後の日曜日。
「編集長が人捜しが得意で助かりました」
「普通は取材したときにどこの誰か聞いとくもんなんだよ」
「そういう雰囲気じゃなかったんだから仕方ないじゃないですか!」
ジャニスとラッカムは軽口を叩き合いながらアイベリー地区の郊外の道を並んで歩いていた。
2人ともブラウンのコート姿でちょっとしたペアルックのようでもある。
喧騒から離れ静かに暮らしたい一部の上流階級の居住地になっている郊外は、どの家も広い庭があるからか家屋同士の間隔がかなり開いている。すっかり葉の色を変えた街路樹が等間隔に植えてあり長閑な住宅街に彩りを沿えていた。
静かな住宅街だ。声が響いたのを察したのかジャニスは慌てて声を落とす。
「ですが本当たったあれだけの情報でよく見つかりましたね。赤毛に車椅子、多分上流階級としかわからなかったのに」
「まぁな。これでも元警察だぞ。それにまぁ爺さんに仕込まれた探偵のやり方をしたんだよ。とはいえだ、100%当たりって自信は無いぞ?」
「それでも私だけだったらアイベリー中を駆け回るしか思い付かなかったので。感謝してます」
「へいへい……っとアレだな。郊外の端っこの他と比べて小さな庭付きの家」
ラッカムの指した先にはその言葉通りの家があった。低い石造りの塀に囲まれた、他と比べれば可愛らしい小さな家だ。
ジャニスには伝えていないことだがラッカムの調べではジャニスが話を聞いたという老女はシアハニー市、いや合衆国でも指折りの財閥の元トップである人物の可能性が極めて高かった。元とは言っても数年前までは現役であり今もその発言力は計り知れない。何をどう転んだらそんな相手からジャニスが話を引き出せたのかは謎だが、そんな大物が住んでいるにしてはあまりにも小さな家だった。
実物を見てラッカムが、もしかしたら違う家ではないかと調査の自信を少し損なうくらいには肩書きに相応しくないと、そう思った。
「き、緊張して……手が震えてます!」
「今さら怖じ気づいてもしょうがねえだろ、ホレ」
「ちょ! 呼び鈴っ!?」
たどり着いた玄関扉の前でジャニスがガチガチに緊張して固まっていると、その脇から手を伸ばしラッカムが呼び鈴を押してしまった。
慌てふためくジャニスを余所に暫しの後内側から扉が開かれた。
「はい、どちら様……あらあら! ジャニスさん?」
「ご、ご無沙汰してます!」
「フフ、ご無沙汰って少し前に会ったばかりよ。そちらの方は?」
どうやら訪ねた家はちゃんと合っていたらしい。家の中では車椅子は使っていないのだろう。少し目を丸くしたアンが2人を出迎えた。
「どうも私、雑誌社Criminalの編集長をしております、ラッカムと申します。先日はうちのジャニスが色々とお話を伺わせてもらったようで、何でも出来上がった記事を確認したいということでしたので本日は急を承知でお訪ねさせていただきました」
「あらもう記事が書けたの? そういうことなら、どうぞ上がっていって」
「ではお言葉に甘えて、ほれジャニス」
「は、はい! お邪魔します!」
まだ緊張で動作のぎこちないジャニスの背をラッカムが叩いて玄関に押し込んだ。
アンはその様子にクスクスと口に手を当てて笑っていた。
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