第13話 思い出

 不意打ちのように図星をつかれたジャニスは口ごもったが観念したように口を開く。


「あーっと、わかりますか?」

「顔を見て考えてることを読むのは得意なの。本心をあまり表に出さない知人がいたからかしら」


「それにね。その格好!」とアンはクスクスと笑った。


「ハンチングにブラウンのコートなんて、ドラマの中の探偵さんか記者さんみたいなんですもの!」

「えっ! あ! 言われてみれば確かに……」

「それで、ジャニスさんはどっちなのかしら?」


 ジャニスは「記者の方です」と名刺を取り出した。


「私はCriminal社で記者をしています。主に犯罪についての記事を書いているのですが、実は今ある人物について調べていて……警察関係者やマフィアの間で悪魔デビルと呼ばれている人物です」

「悪魔、ね」


 アンの目がすっと細められる。ジャニスは意を決して今までの取材の経緯をかいつまんで説明した。


「――色々と調べたんですが、2件の事件の動機がわからなくて。それで、何か掴めたらと彼の最期の足跡を辿っている時に貴女に出会ったんです」

「なるほどね」

「もしかしてあの花は彼に捧げたものじゃないかと思ったのですが……違ったのならすみません」


 にわかに2人の間を沈黙が流れる。

 先に口を開いたのはアンだった。


「ジャニスさんはなぜその人物についてそんなに知りたいのかしら?」

「それは……」


 そういえばアーロンにも同じことを聞かれたなとジャニスは思った。最初は敵視していたアーロンに取材をして、また自身の境遇まで明かし少し打ち解けたことで自分自身を見つめ直すこともできた。ジャニスはどうして悪魔と呼ばれた人物に興味を惹かれたのか、今の想いを口にする。


「はじめは勿論事件への興味から。これでも記者なので……ただ、彼のことを追いかけているうちに色々想うところがあって……」


 ジャニスは一度言葉を切り深呼吸をして真剣な眼差しをウィルチに向ける。


「彼はたしかに間違いを起こしました。悪魔と呼ばれる程の……。ですが! 何も間違わない、そんな人なんていないんです! きっと間違いだけを見ていたらその相手を、ましてや故人をなぞることなんて出来ないと思うんです! だからこそ彼の悪魔ではない部分……私はそれが知りたいんです! 間違いだけの人も人生もないはずなんです! だから……!」


 訴えるジャニスの脳裏には父の姿があった。

 試合に向かう姿、勝ち名乗りを受ける姿、そして……初めて負けてくず折れる姿、だらしなく酒に溺れた姿、自分を逃がしてくれた後ろ姿。

 ジャニスは父の様々な姿を知っていた。しかし、いまや父の評価は地に堕ちている。死んだ父を貶す記事にはらわたが煮えくり返りそうになったことだってある。

 ジャニス自身も散々に荒れて喧嘩に恐喝まがいのこともしてきた。そんな自分だからこそ悪魔と呼ばれた彼に親近感を感じ、そして悪魔では無い一面こそを知りたいと思った。


 気づかないうちに席から立ち上がってしまっていたのか、アンに「落ち着いて」と声をかけられたジャニスは「すいません」と一気に小さくなり席に座った。

 アンは何か考えこむような、それでいて暖かい目でジャニスを見つめていた


 ちょうどその時だった。

「お待たせしました」とマチルダが注文の品を持ってきた。ジャニスの前には4段重ねのパンケーキが、アンの前に置かれた皿にはやけに固そうな黒パンがひとつ乗っかっていた。


「黒パン……ですか?」

「フフ、見ての通りよ。昔はこれくらいペロッと食べられたんだけど今は少し食べて持ち帰るの。歳はとりたくないものね」


 アンは黒パンを手に取るとだいたい半分に分ける。そうして半分は自分の皿に置き、もう半分をジャニスに差し出した。


「このパンはね。あの人がくれたパンに似せて作ってもらってるの。食べてみて」

「あ、ありがとうございます」


 ジャニスはパンに齧りつく。見た目ほど固くはなく噛めば噛むほどにしっかりした麦の甘味がした。


「マチルダは腕がいいから……本物はもっと固くてモソモソしていたの。それでもとても美味しかったわ」


 黒パンを小さくちぎって口に運ぶとアンはよく噛んで味わっていた。パンを飲み込むと「ジャニスさんになら、話してみてもいいかしらね」と微笑みを浮かべた。


「えっとあの……」

「私の大切な、あの人との思い出を聞いてくれる?」

「は、はい!」


 アンはジャニスが慌てて手帳を取り出すのを待つと目を瞑り柔らかな口調で語り始めた。


「ずっと昔のことよ。まだ子供だった私はどうしようもないお転婆で……どうしてかは忘れちゃったのだけどロザー・シェレフのスラムで迷子になってしまったの。そうして泣いていた私をまだ子供だったあの人が助けてくれたの」

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