第10話 ディアブロの始動
「それでまぁ」と再び話を始めたジャニスの声に震えた様子はもうなかった。
「あとは知っての通りです。ロザー・シェレフになんとか逃げ込んだ私はあなた方相手に暴れリトルデビルだなんだと呼ばれるようになったわけです」
「……マフィアを憎んでいたのかね?」
アーロンの問いにバツが悪そうにジャニスは頬を掻く。
「それは、そうですね。必要以上にあなた方を敵視していました。マフィアだと一括りにして」
「少なくとも、君の父に関しては誓って我々はなにもしていないよ」
「はい、その、すいませんでした、色々と」
「構わんよ」とにこやかに笑い、アーロンは壁の時計に目を向けた。つられてジャニスも時間を確認すると、短針はもうすぐ9に重なるといったところだった。
「少しやることが出来てね、取材はもう大丈夫かね?」
「はい! 貴重な話をありがとうございます」
「こちらこそ素敵な時間をありがとう。だが次はアポを取ってくれると助かるがね」
「え、あ、押し掛けてしまって申し訳ありませんでした!」
「あぁ、そうだ。少し手帳を貸してくれるかね?」
「はい、構いませんが……」
アーロンは手帳を受け取るとジャニスの手帳にさらさらとペンを走らせた。
「次からはそこに電話をしてくるといい」
「……あ、はい、ありがとうございます」
図らずも、マフィアの重鎮と繋がりが出来てしまったことにジャニスは呆けたような声を出したが、しっかりと手帳を胸に抱いた。
すぐにドアが開き、強面の彼がジャニスのアタッシュケースを持ってきてくれた。
去り際、アーロンはジャニスに声をかけた。
「あぁ、1つ聞きそびれたのだが、君の父上に話を持ってきたマフィアはどんな連中だったかね?」
「えーと、たしか……蠍、そう蠍です。赤い蠍の刺青をしていました」
「結構、感謝する」
送って差し上げなさい、と強面の男にアーロンは伝えるとダイニングを出ていった。
▽
「ここまでで大丈夫です、寄りたいところがあるので」
スラムを抜けたあたりでジャニスは終始無言で先導してくれた強面の男にそう声をかけた。
男は無言で頷き踵を返し去ろうとした。しかし、不意に首だけで振り向くと顔に似合う低くいかつい声を発した。
「俺は……君の父親と、喧嘩をしたことがある」
「え! そうなんですか?」
「あぁ、彼は強かった。とても」
「はい、ありがとう、ございます」
「それだけ伝えたかった」
本当にそれだけ伝えて男はスラムへの道を戻っていった。ジャニスは少し可笑しくなりクスリと笑った。
▽
強面の男がアーロンの家に帰ってくると、すでに何人かの人が集まっていた。
アーロンの前で姿勢をぴしりと正している。
皆、上等なスーツを着こなしてはいるが、独特の堅気の者には出せない雰囲気を纏っていた。
彼らはアーロン直属の部下達だ。
「送ってきました」
「あぁ、ちょうど話をするところだった……さて、今しがたある女性から情報がもたらされた。とても貴重で、許しがたい情報だ」
アーロンの声は静かだが、たしかな怒りを湛えていた。
「どうやら、市警内部にスカルピオーネの息のかかった者が入り込んでいるようだ。その人物を見つけたい……リカルド・ライトの事件を担当したものを当たれ」
「リカルド・ライトと言いますと……チャンプ・オブ・シアハニーですか?」
「そうだ。スカルピオーネがチャンプを地下ボクシングに誘い、あまつさえ言うことを聞かなかった彼を手にかけおった。そして、それをもみ消した者がいる。加えて、ボクシング協会内部にもスカルピオーネから賄賂を受け取った者がいる可能性がある。こちらは確証は無いが、賭けボクシングに目玉選手を欲した奴らが彼をはめたと儂は睨んでいる」
部下の問いに返したアーロンは、一層表情を険しくすると喝を入れるような激しい口調で吠えた。
「奴らは儂の友人に手を出しおった! 隅でこそこそしている分には目こぼししてやろうと思ったが此度のことは看過できん! 奴らを叩き潰せ! 徹底的にだ!」
「「はっ!」」
「サントス、マルセロ、お前達は市警をあたれ。フレッド、お前はボクシング協会だ、女を使え。残りの者は集まるだけ人を集めろ。わかったなら行くがよい」
「「はっ!」」
アーロンの指示を受け、一斉に部屋から出ていくと部下達は迅速に行動を開始した。
▽
「儂も老いたな……むざむざリカルドを死なせてしまうまで気がつかないとは」
「リカルドはなんでも自分でやりたがるところがありましたから……」
部下達に指示を出した後、アーロンは世話役の強面の男、ロバートに愚痴を溢していた。
その様子は先ほど部下達に指示を飛ばしていたのとは打って代わり、哀愁を滲ませた歳相応の老爺にしか見えない。
「ストリートファイトに明け暮れていた彼があんまりにも強いものだから、試しに知り合いのプロモーターに紹介してやろうとした時も最初は突っぱねおったわ」
「俺もコテンパンにのされました」
「はは、そうだったな」
アーロンは笑うと、ふっと息を吐き目を瞑った。
アーロンにとってはリカルドは可愛がっていた息子同然の存在だった。また、アーロンはリカルドの熱狂的なファンの1人でもあった。
そのリカルドの苦境に手をさしのべられなかった後悔がアーロンの肩を落とさせた。
ロバートは黙祷を捧げるようにするアーロンが再び目を開けるのを待って話しかけた。
「あの娘には伝えないので? その、リカルドとなじみであったことは」
「堅気……ともいい辛いが立派にやってるあの娘にわざわざ伝えることもあるまい。リカルドからは娘がいることは教えられていたが、てっきり奥方に引き取られていると思っていたのだ。今さら出す顔もない。今はリカルドの汚名を雪いでやることがあの娘の為にしてやれることだ」
「わかりました」
アーロンは話を切り上げると、これからの算段の話を詰める為、ボスの元へ向かう支度を始めた。
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