第7話 マフィアと朝食
通された場所はどうやらダイニングらしかった。案内してきた男は言い含められていたのかすぐにドアから出て行ってしまう。
「早速ですが」とジャニスはコートのポケットから取材用の手帳とペンを取り出した。
しかしアーロンは「まぁ待ちたまえ」とそれを手で制する。
「まだ朝食を摂っていなくてね、取材は後でも構わんだろう?」
「私もまだですよ。ですから手短に―」
「それは丁度いい、食べていきなさい」
ジャニスにとってはディアボロは敵であり、現在は敵地のど真ん中にいるといっても過言ではない状況だ。
早めに話を済ませたいジャニスに対し、アーロンはゆったりとした、しかし有無を言わせないそんな口調でジャニスを遮り朝食に誘う。
「お誘いは有難いのですが出来れば長居はしたくありません」
「そうかね? だが早朝に押しかけて来たはた迷惑な雑誌記者と朝食を共にしてくれる可憐な女性、どちらに対して儂の口が軽くなるかは明白だと思うがね?」
アーロンのもっともな提案にジャニスは言葉に詰まってしまう。たたみかけるようにアーロンは言葉を重ねた。
「なに別に君をどうこうするつもりはない。むしろ迷惑をかけたとすら思っている。君にちょっかいを出そうとしていた連中はもう処罰されているよ」
「そう、なのですか?」
「ボスにそう進言したのは儂でね。ストリートチルドレンに手を出すような真似はマフィアとしても人としても最低の行い……報いは当然のことだ」
「私もそちらにかなりの被害を出したと思いますが」
「君は身を守ったに過ぎず、死人も出していない。そんな君を殺そうとするのは筋違いだ」
「少なくともここに構成員が詰めかけるようなことはない、安心したまえ」と笑うとアーロンはジャニスが持ってきた酒瓶を手に取るとラベルを手でなぞる。
「うむ、ソナスの10年ものか。いい趣味だ」
「手土産は必要だと思ったので」
「儂はワインよりウィスキー派でね、嬉しい手土産だ」
「まぁ座りなさい」とアーロンはジャニスに着席を促し、自身も向かいにの席に座り紙ナプキンを広げはじめた。
しばらくして、先ほどの強面の男が2人分の朝食を運んできた。エプロンまで身に着けているところを見れば調理も彼がやったのだろう。柔らかそうなパンにベーコンエッグと付けあわせの野菜だけの、マフィアの相談役にしては質素な朝食だ。まだ油のはじける音が焼きたての厚切りベーコンから聞こえてくる。フォークでつつけば半熟の黄身が溢れ出しベーコンの油と絡み合った。ジャニスが唾を飲んでいると、ウィスキーボトルの封を切る小気味のいい音が聞こえた。見ればアーロンが手土産の酒を早速グラスに注いでいる。
「君もやるかね? 朝から飲む上等な酒は格別だよ」
「……少しだけいただきます」
朝っぱらから酒か、とも思ったがこれでアーロンの口が軽くなるなら丁度いいと、ジャニスは半ば諦めたように勧められたグラスを受け取った。なにより自身の緊張をほぐすのに少し酒の力を借りるのも悪くないと、そう思ってもいた。
意外にもハムエッグとウィスキーはよく合った。ベーコンと黄身をほおばり、口の中の油をウィスキーで流し込みパンにかぶりつくけば、風味が混ざりそれがなんとも旨いのだ。ジャニスの食べっぷりにアーロンは少し目を丸くしていたが、口元を緩めウィスキーを少しあおった。
気づけばかなり満足するまで食べてしまったジャニスの顔が少し赤いのは酒のせいだけではないだろう。
敵地だと思っていた場所でガッツリと食べてしまい、ジャニスは少し恥ずかしさを覚えていた。
「さて、取材だったね。儂に何が聞きたいのだね?」
同じように満足そうにしていたアーロンがおもむろに切り出す。ハッとしてジャニスは手帳とペンを取った。
「私が聞きたいのはかつてロザー・シェレフの悪魔と呼ばれていた男についてです」
「リトルでビルが
「貴方は50年以上前からディアボロに属していると伺っています。当時のことをよくご存じなのでは?」
「あぁ、知っているとも。かつて儂は彼のボディーガードをしていた……そして彼の最期も見届けたよ」
「本当ですか?!」
いきなりの大当たりとも言ってもいい相手を引き当てた事にジャニスは内心でガッツポーズを決めていた。
対称的にアーロンはどこか遠い目で昔を思い出すように語り始めた。
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