第5話 暴漢(噛ませ犬)

「単刀直入に伺います。あなたはディアボロの連中に繋ぎがとれますよね? なにせ子ども達の上がりをピンハネして連中に納めていたんですから」

「い、今はやっちゃいねえよ!」

「当たり前です。やっていたら額の傷が増えるところです」


 ディアボロとは、このロザー・シェレフ地区でも最大規模を誇っているマフィアのことだ。

 取締りや抗争によりその規模を縮小したとはいえその根はロザー・シェレフに深く張り巡らされており、いまも非合法な活動に従事しているのは公然の秘密であった。

 そして『悪魔デビル』と呼ばれた男もまた、かつてディアボロの構成員だった。

 ディアボロ自体が悪魔という意味であることを考えれば、さしずめ悪魔の中の悪魔といったところだろう。


 ディアボロの構成員は身体のどこかに悪魔の鉤爪を思わせる刺青を施しており、ジョーもその背中に黒い刺青があった。

 末端の末端ではあるが、れっきとした構成員なのだ。


 ジャニスが小悪魔リトルデビルなどと呼ばれていたストリートチルドレン時代、ジョーとも一悶着ありその時にジャニスがつけた額の傷がいまもしっかりと刻まれていた。


「ディアボロの、おそらく生きていればそれなりの重鎮でしょう。70歳くらいならとりあえずどなたでも構わないので会わせてください」

「誰かって言われてもな……だいたい俺が上役なんかに直接会えるわけがないだろ」

「居る場所くらいはわかるでしょう?」

「そりゃ一応はな」

「案内してください。そうしていただければ後はこちらでなんとかします」


 そそくさと服を着るジョーにジャニスは要求を告げるとテキパキとジョーの銃から弾を抜き分解するとベッド脇に置いてあった灰皿の中にまとめて放り込んだ。


 ▽


 若干肩をびくつかせながら先導するジョーの数歩後ろをついてロザー・シェレフのスラムをより深い闇の方へとジャニスは進んでいた。

 もう辺りに物乞いやシトリーとチルドレンの姿は無く、皆不用意に姿を見せない為か人通りはほとんどない。

 時折すれ違い様に胡乱な目を向けてくる者は身体のどこかに鉤爪の刺青が覗いていた。


 しばらく行ったところでジョーが「ッチ」と舌打ちをした。見れば前方から三人組の男がニヤついた顔でこちらに大股で近づいてくる。

 その中でも特にがたいの良いスキンヘッドの大男が口を開け唾を撒き散らす。

 その声音には隠そうともしない侮蔑の響きがあった。


「よぉ! 誰かと思えば負け犬ジョーじゃねえか! こんなところに何の用だ」

「失せろ、バリー。手前に用は無え」


 ジョーの悪態に大男、バリーは一瞬キョトンとしたような顔を晒すと、まるでトマトのような真っ赤な顔になりジョーの胸ぐらを掴み上げた。


「あぁ!? 誰にそんな口聞いてやがる?!」

「ぅぐ……てめ」


 吊り上げられ息が詰まったように呻くジョーの後ろで成り行きを見守っていたジャニスに気づくとバリーはジョーを投げ捨てる。

 咳き込むジョーを尻目にバリーはジャニスのことをしげしげと眺めるとゲラゲラと笑った。


「なんだぁ? 男みてぇな成りをしてるがよく見りゃいい女じゃねえか? お前の女か? えぇ? それとも上役へのおべっかか? へへっお前の代わりに俺たちが届けてやるよ、楽しんだあとでな」

「まっ、ソイツは!?」


 ジョーが青ざめて叫ぶが、バリーは無視するとジャニスに近づいてしまった。するとジャニスはまるで花が咲いたようにふわりとバリーに笑いかけた。

 思わずジャニスの笑顔に鼻の下を伸ばしたバリーが「へへっ」と笑うが早いかその横面に頑丈なアタッシュケースの角が叩きこまれた。ゴチャという鈍い音がするとだらしない顔そのままにバリーの体はグラリと横向きに倒れこんだ。


 ジョーはやっぱりこうなったかと顔を手で覆って天を仰いだ。もしかするとジャニスの所業に額の傷が疼いたのかもしれない。

 兄貴分をいきなり昏倒させた女に詰め寄ろうとした取り巻きの2人が同じように地に伏すまで10秒もかかっていなかっただろう。

 都合3度の衝撃音で3人の男が地面に横たわる。わずかにアタッシュケースついた血を時折痙攣しているバリーの服の端でぬぐうとジャニスはジョーに呼び掛けた。


「余計な時間をとられました。さっさと行きましょう」

「お、おい! お前を上役の所に案内して大丈夫なんだろうな? 巻き添えはゴメンだぜ!?」

「流石に私も弁えていますよ」


「本当だろうな……!」と念を押すジョーについていきながらジャニスは自分にさえ聞こえないような小声で「相手の出方次第ですけどね」と呟いた。

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