第4話 取材(カチコミ)
シアハニー市、シェレフ地区。
かつてはロザー・シェレフ地区と呼ばれていたが何代か前の市長によってシェレフ地区と名を改めていた。
ロザーが敗者(ルーザー)を連想させるから改名したのだとまことしやかに囁かれていた訳だが、幾度か行政の手も入りかつて地区全体がそうであったスラムは確かに縮小の傾向にあった。
しかし、この街の消しきれない貧富の格差を象徴していると言われる地区の奥にはまだスラムが広がっており物乞いをするホームレスやストリートチルドレンがそこら中にいた。
そういった現状を知るものからはいまだロザー・シェレフ地区と呼ばれたままであった。
そのロザー・シェレフ地区のスラムに向かってジャニスは剥き出しの壁の配管から発生する朝もやのかかった路地を進んでいた。
時間は朝6時を少し回ったところでまだ空が白み始めたばかりだ。
愛用のアタッシュケースは引ったくられないよう手錠で右手に繋げられている。
ジャニスは既に起き出していた物乞いの子ども達を見つけるとキャンディを手渡して尋ねた。
「こんにちは、誰か
「知らなーい」
「あ、僕知ってる! あのおでこに傷のあるおじちゃん!」
「それは良かったです。案内してくれますか?」
「もっとキャンディちょうだい! 僕だけじゃなくて、みんなに!」
「はい、もちろん差し上げますよ」
ジャニスはキャンディを袋ごと子ども達に手渡して目的の人物、傷痕・ジョーという通り名の男の居所に案内を頼んだ。
先導する子どもの後をゆっくりとついていきながら、自分だけに聞こえるような小声でポツリと溢す。
「(うーん、懐かしいです)」
数年前、かつてジャニスもこのロザー・シェレフ地区のストリートチルドレンだった。
もっともジャニスは物乞いや靴磨きなどを大人しくしているような暮らしはしていなかったが。
「ここだよー!」
「ありがとうございました、はいお駄賃ですよ」
「お姉ちゃん! ありがとう!」
幾ばくかの小銭を握らせ子どもを帰らせるとジャニスは案内されたあばら家の木製の扉を何度かノックするが返事は返ってこなかった。
わざわざ早朝を狙ってきたので居ないということはないだろう。
ジャニスは「仕方ないですね」と呟くと、数歩扉から距離を取り、そのまま勢いよく足を突き出して扉を蹴り破った。
バキンと内向きにひしゃげた扉を踏みつけながら、ジャニスがずかずかと部屋に踏み込むと簡易ベッドの上で、今しがた起きましたと言わんばかりの裸の男女が驚愕の顔を浮かべていた。
薄いシーツを手繰りよせ必死に身体を隠しながら枕元の拳銃を手探りする男に先んじて一気に近づき拳銃を奪い取るとジャニスは銃口を軽く振り女に早く帰るよう促した。
悲鳴を上げた女が服を抱えて逃げ出して行くのを男に銃口を突きつけたまま見送りジャニスは口を開いた。
「おはようございます、ジョー。私がつけた傷の具合はいかがですか?」
「な、な、手前ぇ! まさか、
最後に会ってから数年が経っていたのでパッと見ただけではジャニスのことが分からなかったのだろう。
身長もずいぶん伸びたし、髪型も違うし眼鏡もかけていなかったので仕方ないことだが。
ジャニスの言動で正体に気づいたジョーは恐怖に声を裏返らせた。
「ジョー、アポ無しで申し訳ありませんが少々伺いたいことがあるのです。取材させてもらえませんか?」
銃口を突きつけたまま笑顔で取材を申し込むジャニスにジョーはガクガクと震えるように首肯を繰り返すしかなかった。
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