第3話 ロザー・シェレフの悪魔
「こいつは俺がまだ警官やってたころ、引退間際の先輩刑事に聞いた話でな」
ラッカムが警官だったのはもう10年以上前だ。
思い出すように目を右上に傾けラッカムは訥々と語った。
「たしか送別の酒の席だ。俺が先輩の知る、一番に凶悪な犯罪者は誰か? そんなことを聞いたんだ……それで返ってきたのがかの『悪魔』についての話でな。その先輩曰く、やれ銃を乱射して十何人かの犠牲者を出した、盗みに入って家族を皆殺しにした、そんな輩を何人も見てきたがそんなのよりもっと恐ろしいのが『悪魔』と呼ばれたその男だそうだ」
「その『悪魔』はどれだけの殺しを?」
「2人」
「え? たったのですか?」
ジャニスは少し拍子抜けした。『悪魔』と呼ばれるほどの男だ。よほど凶悪な犯罪者なのだろうと想像していたからだ。
「分かっているのはな……それに殺し以上に恐ろしいこともあるんだよ」
ラッカムは一度言葉を切ると一息に、
「『悪魔』は実の父親を口に出すことも憚られる、そんな方法で拷問したんだとよ」と言い切った。
その先輩刑事の話によれば、今から50年程前、名前は出せないがロザー・シェレフのスラム街にある男がいたらしい。
その男はまだ少年といえる時分に最初の殺人を犯した。同じスラムの男を射殺したのだ。
それ自体はスラムではそう珍しいことでもなく、その男は数年を少年院で過ごしたらしい。
問題は少年院から出た後だった。
男はある実業家を誘拐し、その上で手酷く拷問を施し、再起不能になったその実業家を箱に詰め、丁寧にラッピングした上で家族の元に届けたという。
男の逮捕後、その実業家が男の実の父親であることが判明した。方やスラム暮らし、方や裕福な実業家であることから複雑ながら動機も復讐であることは容易に想像できた。
殺してはいないこと、また情状酌量の余地が認められたのか服役期間はその犯行の異常性からすれば恐ろしく短かった。
男は出所後、マフィアの構成員となった。
解体屋とも、掃除屋とも言われるマフィアでも最低辺の仕事を任されていたはずだが、いかなる方法を使ったのか、いつの間にかボスの側近になっていたという。
「市警の要注意人物にも上げられるようになった頃のそいつを先輩は見たことがあるそうだが……いつもぶつぶつと何かを呟き、焦点の合わない目をしていておよそまともな人間には見えなかったらしい。それこそ悪魔が乗り移ったが如しだったそうだ」
ジャニスは息をのみ、少し考えるようにして尋ねた。
「1人目は分かりましたが、2人目の殺しは実の父親を死んだも同然にしたことですか?」
「いや、違う。これは刑事事件にはなっていなくてな、まぁ知る人ぞ知るという感じなんだが……最後の1人はな、自身を重用していたマフィアのボスを射殺したんだと」
「そんなことをすれば……」
「あぁ、そのすぐ後に『悪魔』も何者かに腹を撃たれて死んだということだ。撃たれた後しばらく這いずった血の跡が道のようになっていたらしい」
「……壮絶、ですね」
「だな。この事件が発端で大規模な抗争に発展した結果、スラムに巣くっていたマフィア共はその力を大きく削ぎ合うことになった。いきなり頭を失ったわけだからさもありなんといった感じだ。だからこそ『悪魔』なのさ。マフィアの連中にとっては。堅気の者にとっては天使かもしれんがな」
「さてと」とラッカムは少し調子を変えてジャニスに話しかける。昔話は終わり、ということだろう。
「2件、まぁ拷問の件も含めれば3件の事件のうち動機が釈然としないものがあるのはわかるな」
「3件目、マフィアのボスの件ですね」
「その通りだ……古馴染を頼って当時の捜査資料は集めておいてやる。お前がやるのは」
「当時の関係者、つまりマフィア連中への「聞き込み」ですね」
「お前向きだろう? なぁ、ストリートの小悪魔ちゃん?」
「その通り名は嫌いです。あと元です、元」
「はいはい」と流すラッカムに一瞬ムッとした顔をしたジャニスだったがすぐにキラリとその金色の瞳が眼鏡の奥で輝いた。
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