第2話 ボツ記事
「な! どうしてですか!」
ジャニスが不満を顕にラッカムに詰め寄る。
ラッカムはジャニスの書いた記事を叩きながらやれやれといった様子で応えた。
「まず1つ、題材が古過ぎる。切り裂きジャックに関する記事なんざもう5万とある、1世紀前の事件だぞ」
「いいじゃないですか、好きなんですから」
「もう1つ、なにが『切り裂きジャックはジェーンだった!?』だ。憶測と自己解釈ばっかりだろうが」
「む!」
ラッカムの言いぐさにジャニスはさすがにカチンときたのか、自分の机の上に散らばっていた資料を乱暴にかき集めるとラッカムに突きつける。
「私だってちゃんと調べてるんです! 図書館にも通いましたし、こうやってランデンから当時の新聞記事とか捜査資料を取り寄せたんですよ! 自腹で! これによると切り裂きジャックの被害者は皆娼婦にも関わらず性的暴行を受けた形跡がないんです。これは犯人がそういったことに興味がないからというより出来なかったからだと思うんです! それに……あいたっ」
捲し立てるジャニスの頭を記事の束で叩くとラッカムは「ストリート育ちがなんでこんなに夢見がちになるかねぇ」とぼやく。
「いいか? うちはゴシップじゃねえんだ。犯罪を扱うお堅い専門誌なわけ。こんな都市伝説になっちまったような事件は相応しくないんだよ」
そこでいったん言葉を切るとラッカムは大袈裟にため息をついた。
「だいたい文字数が多過ぎる。40枚も良く書いたなと褒めてやりたいが……3000文字のコラム枠程度しかもらえてねえんだよ」
『Criminal 』は創刊40年ほどの歴史を持つ犯罪専門誌だ……否、だった。
主に銀行強盗などの重大犯罪や未解決事件への独自視点の記事が好評を呼び、創刊当初は月刊での発行で、発行部数もそこそこあった。
しかし、事実ベースを心がけ過ぎた弊害かゴシップ雑誌に押され徐々に発行数は減少。いまでは大手新聞社の夕刊などにコラム枠を貰い細々とやっているのが現状だった。
雑誌社とは名乗っているが、社員はラッカムとジャニスの2名だけだ。それでも元警察官であるラッカムのコラムはそれなりに人気があり、なんとかやっていけているのだった。
「とにかくまずは文字数を減らせ、1/4に」
「無理です」
「じゃあボツだ」
「むぅ」
「どのみちこの題材じゃあどこも載せてくれねぇよ」
肩を落とすジャニスに記事を返しながらラッカムは苦笑しながら「だが、まぁ」と続けた。
「読み物としちゃ悪くはなかったぞ、なかなか楽しめた」
「……本当ですか?」
「世辞を言えるほど器用じゃねえよ」
ボツになった記事をそれでも大事そうに抱えるジャニスにラッカムは思い付いたとばかりに声をかけた。
「切り裂きジャックはダメだが、1ついい題材がある。お前向きのな」
「! 何ですか! 教えてください!」
バッと顔をあげたジャニスについ数秒前までの悲壮感はもう無かった。
「食いついたな」とラッカムは笑うとやや勿体ぶったように告げる。
「『
「……悪魔ですか?」
「『ロザー・シェレフの悪魔』だ、聞いたこと無いか?」
「いえ、ありません」
「そうかそうか」と笑うとラッカムは語り始めた。かつてマフィアや警察の間でまことしやかに囁かれた『悪魔』の伝説を。
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