第213話
「それだけバイトしながらでも成績はいつだってトップを維持してた。疲れた顔は一切見せなかったけど、裏ではかなり努力していたんだと思う。周りの友人たちも、そんな木嶋くんのことを尊敬してた」
今と同じだ。
希和は昔から努力家で、だけどそれを決して外に出そうとはしない人だ。
「今を目一杯楽しんで過ごしていた私たちと違って、希和はその頃から自分の将来をしっかり見据えてたしね。再会した木嶋くんは望んでいた通りに夢を叶えてた」
「夢って、会計士になることですか?」
「うん。事業を陰ながら支えてあげられる職業に就きたいんだって、いつも言ってたから。今その通りになってて、本当にすごいなって思ったの」
浅見先輩はふっと頰を緩めた。
「きっと今の木嶋くんを見たら、天国のお父様も喜んでるんだろうな」
・・・・・・・・え?
「木嶋くんの会計士になる夢も、もともと小さな会社を営んでいたお父様が不況の波にのまれるように倒産に追い込まれて。そして木嶋くんとお母様を遺して自ら命を絶ってしまったことが要因だったでしょう?」
浅見先輩は当然私も知っているものだと思って話を続ける。
「お父様みたいに、誰にも相談出来ずに1人苦しんで哀しい結末を選んでしまうことがないようにって。そんな人の助けになりたいという思いからだった。普通なら母子家庭で苦労したことを考えれば、自分たちを遺していった父親を恨んでもおかしくないのにね」
父親を失くしていたことは知っていたけれど、まさか自殺だったなんて。
希和が大企業よりも、中小企業や一から起業した個人事業主の担当に就きたいと言っていた理由も今初めてわかった。
お父様のことがあったからだったんだ・・・・。
希和は浅見先輩には自分の過去もすべて話していたのに、私には何も教えてはくれなかった。
私は希和のことを、本当は何も知らないんだ。
5年も付き合っていたのに、何も。
「だけどきっと史さんは大変だよね」
「え?」
「だってそんな強い信念から会計士になった人だから、きっといつだって仕事優先でしょう?彼女の立場からすれば、やっぱりちょっと寂しいだろうなって」
「・・・・・いえ」
私は眉尻を下げて、口もとだけに辛うじて笑みを浮かべた。
「それは、全然いいんです。付き合う前から仕事人間であることは承知の上でしたから。でも身体だけはやっぱり心配ですけど」
すると今度は浅見先輩の眉尻が下がった。
「・・・・そっか。木嶋くんは幸せだね。こんな優しい彼女がそばで支えてくれているんだから」
その寂しそうな笑みに、ずっと心の中で燻っていた疑惑がほぼ確信へと変わった。
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