第212話
ぽつりと呟いた浅見先輩のひと言が、ずしりと重く私の心にのしかかる。
「未来のことなんて全然考えていなかった。これまでと同じ、ずっとこのまま何も変わらないんだって、当然のように思っていたのにね」
長い睫毛がぱさりと揺れた。
「あの頃の、無邪気に笑っていられた自分が羨ましい」
まるで過去の何かを後悔しているような口振りに、嫌でも気づいてしまう。
希和とのことを、言っているのだと。
胸がざわざわと騒めきだって、落ち着かない。
「あの日、木嶋くんもね、みんなと一緒に成人式に出席したの。けどそういう日ってその夜もそのままみんなで集まってお酒を飲んだりするじゃない?普通は」
浅見先輩は僅かに顰めた私の表情など気にすることなく、懐かしむように昔話を始めた。
「だけどその集まりに、木嶋くんだけは参加しなかったの」
「・・・・どうして、ですか?」
浅見先輩と希和の2人の過去なんて、聞きたくないのに。
けれど私と浅見先輩が今こうして会っている理由は希和でしかないから、どうしたって話は希和のことに引き戻されてしまう。
そして私も結局は気になって聞かずにはいられないのだ。
「その頃の木嶋くんは居酒屋でバイトをしていたの。だから成人式のその日もバイト先のお店がすごく忙しいからって、みんなの集まりじゃなくてバイトを優先したんだよね」
大学生のときは、居酒屋でバイトしてたんだ。
「木嶋くんって早くにお父様を亡くされて母子家庭だったから、少しでもお母様の負担を減らそうと大学資金は自分で出そうとバイト三昧の日々だったの。・・・・って、彼女だからこれくらい聞いたことあるわよね」
最後に付け足された言葉は、決して嫌味で言ったわけではないことは、浅見先輩の恐縮した表情から伝わった。
それでも小さくショックを受けた。
私は浅見先輩との過去に触れることが怖くて、この5年間ずっと、希和の高校や大学時代の話は極力避けてきたから。
だから知らないことばかりで。
だけど浅見先輩にはそれを悟られたくなくて、決して顔に出さないよう平然を装った。
浅見先輩はそのまま話を続けた。
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