第210話

「相手が一回りも歳上だったからか、喧嘩することもなく穏やかな結婚生活だった。だけどそれも最初だけだった」




入店時はほぼ満席に近いほど賑わっていた店内も、ランチの時間をとっくに過ぎた今は人もまばらで落ち着いていた。



私は複雑な心境で浅見先輩を見つめた。




「彼ね、私と結婚する前からずっと付き合っていた女性がいたの。それも同じ院内に勤めてる看護婦で、結婚後もずっと関係は続いてた。彼は本当にただ院長の座が欲しくて私と結婚しただけだった」




この人の過去を知ることは、希和との関係にも触れることになる。



そしてきっと、この人の今の心の在り処も。



知りたいような、知りたくないような・・・・けれどそんな私の気持ちに関係なく、浅見先輩は話を続けた。




「でもね、不倫していることを知っても、私は彼に何も言えなかった。親に勧められた相手とはいえ、最終的にこの結婚を決めたのは私自身だったから。だから誰にも何も言えなくて、ただ耐えるようにずっと仮面夫婦を続けたの」





浮気されていたことを聞かされても、不思議と同情心は湧いてはこなかった。



親の為に仕方なくだったとはいえ、どうして希和と別れてそんな相手を選んでしまったのか。



どうにかして結婚を拒否することもできたんじゃないかって、逆に浅見先輩を責める気持ちを抱いてしまった。





「じゃあどうして離婚に至ったんですか?」



「不倫相手の女性に子供ができたから」



「え・・・・」



「だから向こうから、離婚してくれって言ってきたの」



「そんな、」





なんて身勝手な結婚相手だったんだろう。



自分の過去と似た経験を、まさか浅見先輩もしていたなんて。



これっぽっちも幸せな結婚ではなかったんだ。




「でも、彼が病院の跡を継ぐ予定だったんですよね?どうなったんですか?ご両親だってその為に勧めた結婚だったのに・・・・」





ご両親は娘の婿に跡を継がせたかった。その為の結婚相手だった。それなのに浮気した挙句に離婚って、さぞお怒りになったことだろう。



それにその彼だって、跡継ぎになる為に浅見先輩と結婚したのに、離婚なんてしたらすべてが台無しになったんじゃないのかな?




「私の父は私の結婚直後に体調を崩して、そのあとすぐに彼が院長の座についていたの」




「えっ!だけどそれでも・・・・」




「それがね、父から彼に経営が変わってから、みるみるうちに病院の利益が上がっちゃって。しかも一線を退いた後の自分達を決して邪険に扱うわけでもない彼を、両親は結婚前以上に実の息子のように可愛がるようになってたの。それはもう、私以上に。だからもちろん離婚の話を聞いて動揺はしたけど、それでも両親の彼に対する態度は変わることはなかった。私は離婚後そんな両親とは疎遠になったけど、彼は今もうちの病院で院長をしてるわ」




「そんな・・・・」





その彼が全部悪いのに、実の娘である浅見先輩だけが蔑ろにされるなんて。



結婚相手だけでなく、両親も異常だと思った。




「きっと離婚理由も彼がうまいこと誤魔化したんじゃないかな。本当に口だけは達者な人だったから」




他人事みたいに語る浅見先輩に、私は開いた口が塞がらなかった。

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