第209話

「もう、5年も前のことですから」




「え?」




「昔すぎて・・・・忘れちゃいました」






私は精一杯の笑みを浮かべると、フォークで小さくカットされたままになっていたタルトを口に入れた。



どちらから告白したかなんて、そんな単純で大切なことを忘れるはずもないことは、誰がどう考えても明白で。



だからこの笑みを嫌味と捉えられても可笑しくはなかった。




それでもそれならそれで構わないと思った。







「・・・・そっか。もう5年も付き合ってるんだ」





だけど浅見先輩が気になったのは別のところにあったようで、




「長いんだね・・・・」




そう独り言のように呟いたあと、私と同じようにすでにカットされてあったキッシュを口に運んだ。






「そういえば、浅見さんはどうしてお花屋さんをやろうと思ったんですか?」




どうせすぐにはこの場所からは逃げられない。



だったらせめて希和の話からは離れたくて、私は話題を変えた。




「私?んー、ありきたりな答えで申し訳ないんだけど、お花が好きだったから、かな」



「でもそれだけならお花屋さんに勤めるだけでもよくないですか?」



「そうなんだけどね。・・・・お金があったから」



「え?」




衝撃的な言葉に、さり気なく避けていたはずの視線が自然と浅見先輩の顔に向いた。







「私ね、一昨年に離婚したの」





浅見先輩が結婚していたことも離婚したことも当然知っている私は、なんの反応も示さずに次の言葉を待った。




すると、




「今どき離婚くらいじゃ驚かないか」




浅見さんがそう言って笑った。




「あの、いえ・・・・。結婚されてたんですね」




私は不自然にならないよう気をつけながら会話を繋げた。




「うん、大学卒業してすぐにね。うちの父が病院を経営してるんだけど、いずれは跡継ぎにって親が決めた結婚相手だったの」




やっぱり、本当の話だったんだ。



ただの噂じゃなかった。



この時代にいまだにそんな結婚があることにも驚くけれど、それ以上に親の言う通りにその相手と結婚した浅見先輩が理解できなかった。

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