第202話
埒があかないと思ったのだろう。
それまでずっと黙って聞き耳を立てていた穂高さんが、私の隣の席に移動して口を開いた。
「こいつには本当に彼氏がいるんですよ。付き合ってもう5年にもなる、もちろん近く将来も見据えた彼氏がね」
この日の穂高さんは、長い髪をきっちりと後ろでひとつに纏め、髭も綺麗さっぱり剃られていた。
あの日初めて見た浮浪者のような容姿とは全く異なり、美しい顔を前面に出した穂高さんは別人だった。
「じゃあ何故そいつはこの場にいないんだ」
「仕事もかなり出来る男で、今は長期出張中でシンガポールにいるんですよ。もちろん今回の貴方の行動に関してもすべて彼にも知らせてあります」
ーーーーえ?!
私は勢いよく隣に座る穂高さんに、視線を向けた。
確かにあの時はシンガポールに出張には行っていたけれど、今はもう帰国している。
それに私は希和には何もーーーー・・・・
「史?」
はっと気づいた時には、永瀬部長が私を訝しめな瞳で見つめていた。
・・・・しまった。
これは穂高さんが永瀬部長に対して吐いた嘘だったんだ。
そんなことにもすぐ気づかないなんて。
すると穂高さんが、
「すみません、彼女は何も知らなかったので吃驚してるんですよ」
そう言って小さく笑った。
「貴方も過去に恋人であったのならご存知かと思うんですが、こいつは好きな人にこそ心配かけたくないと思ってしまう性格らしく、今回のことも自分からは彼に話さなかったんですよ。本当にやさしいというか馬鹿というか」
・・・・また、馬鹿って言われた。
「けど俺はこいつの彼氏である木嶋とも友人なんで、黙ってるわけにもいかなかった。・・・・勝手に話して悪かったな、史」
もちろん希和と穂高さんは友人でもなければ、顔を合わせたこともない。
これも大嘘だ。
だけど私がこれ以上穂高さんの企みの邪魔をするわけにはいかないので、ただ黙って首を横に振った。
「相当怒り狂った木嶋は、仕事を放り出して今すぐ帰国しそうな勢いだった。けど俺が止めたんですよ。この件は俺に任せて欲しいと。怒りで暴走した人間は、何をしでかすかわからないんでね」
「・・・・彼は、それほどまでに史のことを想っていると?」
「永瀬さん、こいつらが別れるなんてことは絶対にあり得ないんですよ。木嶋はそれほど史に惚れてるし、史も同じだ。貴方の出る幕はこれっぽっちもない。だから今日限りでこいつのことは諦めて貰えませんか?でなければ木嶋は貴方の会社にまで乗り込んで、貴方の人生をすべてぶち壊そうとするでしょう。本気でね」
穂高さんの声は終始冷静で、けれどその鋭い視線に永瀬部長は息を呑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます