第195話
「ーーー史」
俯きかけた私を穂高さんが諭すように呼ぶ。
「・・・・だから、呼び捨てにしないでって言ってるのに」
慣れ慣れしさが嫌なんじゃない。
名前を呼び捨てされる度に、私のすべてを見透かされているようで怖いから。
私の癖や思考を知り尽くしているはずの希和でさえも知らない、奥底にしまい込んだ感情を、知り合って間もないこの人にすべて見抜かれている気がしてしまうから。
「史がどう思ってんのか知らないけど、」
穂高さんはそんな私の訴えを無視し、それでも名前を呼んだ。
「なにも聞かされない側の人間の身にも少しはなれよ。すべてが手遅れになってから知らされたとき、本当にかなりシンドイんだよ」
「・・・・・・・・・・」
「おまえ自身も今のうちにどんな小さなことでも吐き出していかないと、本当にあいつみたいに壊れるぞ」
それは酷く辛い経験をした穂高さんだからこその、心からの助言だった。
今の弱りきった私を、きっと奥さんと重ねてしまったのだろう。
ただのオトナリサンでしかない私に、穂高さんがこんなにも面倒見がいいのは、奥さんに対して何もできなかった悔しさと後悔からだったんだ。
「さっき約束した通りにあの男に会うときは俺がついていくから。けどこの件はちゃんと彼氏にも伝えておいたほうがいい」
「・・・・・・・・はい」
このときの私は、穂高さんの気持ちもちゃんと理解したつもりでいたんだ。
だから穂高さんに言われた通りに、事後報告で軽い感じになったとしても、希和にはきちんと話しておこうと、そう思って頷いた。
だけど心のどこかでは、私はそんな簡単に壊れたりしないのに。希和のそばにいられるのならどんなことでも耐えられるのに・・・・って。
本当の意味で何もわかっていなかったんだ。
穂高さんの助言をただ表面上で理解した気でいただけで、深く考えることができずにいた。
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