第193話
「最低だよな。なんの責任も負えないくせに、ガキみたいな独占欲から結婚だけしといて。それで満足した俺は、幸せにするどころか逆にあいつを苦しめることしかしてこなかった」
「穂高さん・・・・」
「それなのに、あんな死んだ魚みたいな目をしながらも最後にあいつは言ったんだ。『絶対に夢だけは諦めないで』って」
ーーー喉が、胸が、じりじりと熱くなって。
私は何かを押し込めるように強く瞼を閉じた。
その言葉ひとつで、会ったこともないけれど、やさしくて強い女性だったのだと伝わった。
ぼろぼろになっても、それでも穂高さんのことを全身全霊で愛し続けた人なのだと。
「・・・・すごく、素敵な奥さんだったんですね」
なんて言っていいのかわからず、ようやく絞り出したのは、そんなありきたりな言葉でしかなかった。
「そうだな。俺にはもったいない女だったよ」
目を開けると、穂高さんはやさしく微笑んでいた。
今もきっと深く傷痕が残っているであろうの辛い過去なのに。
それでも今そんな表情ができるのは、すでに乗り越えられた過去だからなのだろうか。
「あの、奥さんはそれからどうされたんですか?」
「離婚したあと地元の沖縄に帰ったよ。そんで今は再婚して子どもも2人いる」
「え・・・・!」
そうなんだ。
奥さんもちゃんと前へと進んでいたんだ。
精神的にもちゃんと元気になって、子どももまた身籠もることが出来て、本当に良かった。
良かったって、思っていいのかな・・・・?
「穂高さんは、それで良かったんですか?」
本当は自分がずっとそばにいて、奥さんがまた元気になるように支えたかったはずなのに。
本当は別れたくもなかったのかもしれない。
「良かったに決まってんだろ。最後くらいあいつの望む通りにしてやりたかったし、俺じゃあいつを立ち直らせるなんてことは無理だった。今の旦那は俺と違ってイケメンじゃねぇけど優しそうだしな」
「え?会ったことあるんですか?」
「いや、写真で見ただけだ。毎年律儀に幸せそうな家族写真入りの年賀状送ってくんだよ、あいつ」
「年賀状を?」
それって・・・・
「もしかして穂高さんがいつまでも自分のことを責めたりしないようにっていう、奥さんなりの気遣いなんじゃないんですか・・・・?」
自分はもう元気でやっているから。
だから貴方も私のことは気にせずに頑張ってねって。
奥さんなりのエールなんだよ、きっと。
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