第192話
「いつからだろうな。彼女の表情が曇り始めたのは。けど俺は彼女が完全に壊れてしまうまで気づいてやれなかったんだ」
「壊れるって、」
「流産したんだ」
え・・・・・・・・・
予想していた以上の穂高さんの重たい過去に、私は胸もとでぎゅっと手を握った。
「流、産?奥さん、妊娠してたんですか?」
「あぁ。けど俺はそれすらも知らなくて、ある日突然妻の会社から妻が倒れて病院に運ばれたと連絡があった。駆けつけた時に初めて妊娠していた事実と流産したことを知ったんだ」
ーーーそんな、どうして?
どうして奥さんは、穂高さんに何も言わなかったの・・・・?
「言えなかったんだよ」
そんな当然の疑問を口にする前に、穂高さんが答えた。
「そりゃそうだよな。俺は自分の夢を追うばかりで、ほぼ無収入の俺に代わって彼女が必死に働いて家計を支えていたんだ。そんな自分が妊娠してしまったら生活はどうするんだ、この子はどうやって育てるんだって。何よりあいつが真っ先に考えたのは、俺のことだった。この妊娠が俺の足枷になるんじゃないかって」
奥さんは穂高さんのことを本当に愛していたんだ。だからなんとしても穂高さんの夢を応援したかった。
妊娠したことを知れば、穂高さんは自分と子どもを守る為に夢を諦めてしまうかもしれない。
そんなこと絶対したくない。
だけどお腹にいるのは、間違いなくその愛する人の子でもあって。
どんなに苦しかっただろう・・・・・・・・
「優しいあいつは俺に話せずにたった1人で考えて悩んで、次第に追い詰められて・・・・ついには流産してしまったことで心が壊れてしまったんだ」
当時の奥さんの気持ちが痛いくらいに伝わってきて、ぎゅっと胸が詰まった。
「どんどん痩せ細って顔色も蒼白くなっていくあいつに俺はどうしてやることもできなくて。そんなある日、あいつは俺に言ったんだ。『ごめんなさい、私と離婚して下さい。もう頑張れない』って」
ーーーー“もう頑張れない”
そう聞かされた時の穂高さんはもちろん、それを口にした奥さんもどれほど辛かっただろう。
あまりに残酷で、悲しすぎる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます