第186話

「・・・・まさか、永瀬部長だとは想像もしなかったんです」






私は唐突にそう口したあと、そのままぽつりぽつりと過去の付き合いについて話し始めた。



その間ずっと穂高さんは口を挟むことなく、黙って真剣に聞いてくれていた。





「そうして振られたのは私のほうなのに、今さらなんなんでしょうね」




あんなふうに裏切っておいて、突然目の前にまた現れたと思ったら本当に愛していたのは私だなんて。



本当に、どうしてそんなことが平気な顔で言えるんだろう?



そんなこと、言わないで欲しかった。



酷く裏切られたままのほうが、ずっとずっとよかった。




「私のことは遊びで、けっきょくは今の奥さんのことを愛してたっていうほうが、まだあのとき散々苦しんだ私は報われるのに」




永瀬部長にとって私がただの遊び相手だったのなら。



悔しくて深く傷ついたけれど、それでも好きになったことも、付き合っていたときの幸せな思い出も、すべてを後悔せずにいられたのに。





「今でも奥さんとお子さんを大切に、幸せでいて欲しかった・・・・」





でなきゃ、あのときの私が報われない。













「おまえ、男の趣味わるすぎだろ」




久し振りに口を開いたかと思えば、私への悪口だった。




「・・・・それは、永瀬部長のことですか?」



「昔の男も、今もだな」



「希和は悪くないですよ!」




永瀬部長のことは言われてしまっても仕方ないけれど、希和のことは心外だ。



「長年付き合っといて、結婚をまったく考えようともしない」



「まったくかどうかは、」



「こんな肝心なときにそばにもいてくれない」



「・・・・っ、それは・・・・!」




私だって心の中で散々文句を言ってしまったけれど、それを第三者に言われると少しカチンときてしまうのは勝手だろうか。




「はいはい。どうせ“仕事だから仕方ない”って言うんだろ?」




そうだよ。


仕方ないんだよ、仕事だから。



それに今回は浅見先輩は関係なくて、ただ突然入った仕事で海外に行っちゃってるわけだし。



希和に話したところでどうすることもできないんだよ・・・・




「だったらなんでその前からストーカーされてることを彼氏に話さなかった?」



「それは、」



「頼りたいのに頼れない男が、恋人ってどうなんだ?そんな男と結婚まで望むおまえもどうかしてるよ」




さっきまで優しかった穂高さんは何処へやら。



急に冷たく突き放された気がした。

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