第180話
「それに完全に体も冷え切ってるし、怪我の手当ても早くしてやりたい。・・・・俺はこいつの友人だ。必ず連絡するから、今日のところはもう勘弁してくれないか。頼む」
穂高さんはそう言って、永瀬部長に軽く頭を下げた。
その衝動で抱えられていた私の体も揺れた。
今はもう、とにかくこの場から離れたかった。
なんで、どうしてと反論したい気持ちはあるのに、いざ口にしようとしてもうまく言葉が見つからなかった。
完全にショートしてしまったこの頭では、これ以上いろいろ考えるのは無理だった。
きっと穂高さんは、そんな私の気持ちを察してくれたのだと思う。
その為に、下げたくもない頭を下げてくれた。
「・・・・わかった」
そんなふうに言われてしまえば、こうして永瀬部長も引き下がるしかないと知っての行動だったのだろう。
永瀬部長は名刺を穂高さんに差し出すと、私には何も言わずに去っていった。
穂高さんは私を抱きかかえたまま、マンションまでの道のりを足早に歩いていた。
お姫様抱っこと言われるこの状態に恥ずかしさはあったものの、今はもう自力で歩ける気力がなかった私はそのまま身を委ねていた。
夜の静けさの中、僅かに聴こえる穂高さんの息遣いと伝わる体温が、私を安心させた。
まさか穂高さんが助けてくれるなんて。
だけどどうして穂高さんはあの場にいたんだろう。・・・・ううん、いたんじゃなくて、きっと来てくれたんだ。
慌てて出てきたようなチグハグな服装が、それを証明していた。
相手が永瀬部長だったからそんなに酷いことにはならなかったとは思うけれど、それでも穂高さんが来てくれなければ自分ではうまくあの場を対処できなかったと思う。
簡単に、もっともっと精神的に追い詰められてしまっていたはず。
本当に、助けに来てくれて良かったーーー
「・・・・あの、」
私は徐々に落ち着きを取り戻していた。
「助けてくれて、ありがとうございました」
とりあえずそうお礼を言うも、穂高さんからの返事はない。
「穂高さん・・・・?」
どうしたんだろう。
ただのお隣さんというだけの繋がりなのに、こんなふうに面倒をかけてしまって怒っているのかな。
マンションに辿り着いてエレベーター内に入ると、そこでようやく穂高さんが沈黙を破った。
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