第179話
頭が、混乱する。
永瀬部長はこんなにも長い時を経た今に、何を言ってるんだろう。
「だから妻の妊娠を知って結婚する道しか残されていないとわかっていても、どうしても君に別れの言葉を告げることができなかった。君を離したくなかった。それから暫くして君が会社を辞めたと知って・・・・ショックだったよ」
なんて勝手なことを言っているんだろう。
なんでそんなことが言えるの?
ショック?
ショックだったのは、傷ついたのは、全部私のほうだっていうのに。
私がぎゅっと唇を噛み締めると同時に、穂高さんの私を抱く腕の力も強まった。
「ーーーそれで?」
怒りを抑え冷静を装うかのような静かな声で、穂高さんが永瀬部長に問う。
「だからって今さらこいつを付け回して、どうする気だよ?」
「史が許してくれるのなら、俺はもう一度やり直したい」
「は・・・・?やり直したいって、なに勝手なこと言ってんだよ」
「勝手だということは重々承知の上だ。俺はまだ既婚者で、だからずっと史に声をかけることすら出来ずにいたんだ。それでも時間のあるときには遠くからでも見ていたいと思うほどに、史への想いが強くなっていった。妻との離婚が成立したら、そのときは史に声をかけようと決めていたんだ」
ーーーなんだろう。
驚きなのか、怒りなのか、哀しみなのか。
わからないけれど、勝手に涙が溢れてきた。
「史が好きなんだ。今度こそ大切にするから」
永瀬部長の顔が霞んで、まったく見えなくなった。
「ーーーー話はわかった」
穂高さんは私の顔を自分の胸もとにぐっと深く埋めた。
まるで、もう何も見なくて、聞かなくてもいいとでも言うように。
「アンタの連絡先を教えてくれ。後日またこっちから連絡する」
「だからなぜ君がそんなことを、」
「こいつは今頭が混乱してる。ただでさえこの数ヶ月、誰かもわからないやつに付け回されて恐怖で怯えていたんだ。その正体が元恋人で、しかもいきなりそんな話を聞かされても困るだけだって、それくらいアンタもわかるよな?」
穂高さんは「ちょっとごめん」と言って私の膝の下に腕を入れると、ひょいっと私を抱いて立ち上がった。
その衝撃と驚きで、私は思わず穂高さんの首にしがみついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます