第176話

「知り合いなのか・・・・?」





穂高さんに掴まれたままの男性が、驚いたように口を開いた。




「あ?てめぇには関係ないだろっ」



「だから痛いって!逃げないから放せ!」



「嘘つくな、この犯罪者が」





穂高さんはそう言ってより一層その手に力を込めたのか、男性はくっと顔を歪めた。





「待って!放してあげてっ、その人を」



「あ?・・・・けど、」



「本当に大丈夫だから・・・・!」



「もしかしてこの犯人って、おまえの知った顔なのか?」





私が無言のままはっきりと頷くと、穂高さんはしぶしぶその腕を放した。



自由になった彼は、スーツの上からぱっぱと掴まれていた場所を払った。




それからじっと私を見下ろすと、





「乱暴なことをしてすまなかった、・・・・史」





そう言って切なげに目尻を下げた。




その整った顔も、完璧に着こなしたグレーのスーツ姿も、後ろに流すようにすっきりと纏めたヘアスタイルまで。



あの頃とまったく変わらない、大人の色気を纏った姿がそこにあった。








「・・・・お久しぶりです、永瀬部長」







この人は、前の会社を辞めるきっかけともなった、私の元上司でもあり恋人だった人。






「ーーーは?部長?・・・・こいつアンタの上司なの?」




「今の、ではなく昔のだ。それに上司と部下という関係よりも、恋人としての繋がりのほうが強かった」




永瀬部長は私から視線を逸らすことなく、私の代わりに穂高さんの問いに答えた。



正直、永瀬部長の口から“恋人”という言葉が出たことに驚いた。



たった半年ほどの付き合いで、永瀬部長にはそれよりもずっと前から他に付き合っていた同期の女性がいたのだから。



そして妊娠をきっかけに、あっさりとその女性と結婚してしまった。



私には弁解の言葉も別れの言葉も、何もないままに。



だから彼にとって私は、恋人ではなくただの浮気相手でしかなかったはずなのに。

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