第150話

木嶋さんが酔ったところは見たこともないし、きっと今日も数本ビールを空けたところであまり変わらないかもしれない。




だけどそれでも。



たとえ今日の出来事をあとから後悔したとしても、アルコールのせいにはできるから。



もちろんお互いに。



“きっと酔っていたんだよ”って。




それに完全に酔わなくても、男としての感情は昂りやすくはなるかもしれないし。



そんな計算が私の中で働いていた。






ある程度とりとめのない会話を続けたあと、さり気なくDVDを画面に流した。



まったりとした、けれど濃厚すぎない洋画のラブストーリーだ。



わかりやすすぎて笑ってしまう。



それでもそういう雰囲気に持っていくには一番手っ取り早い方法だと思ったし、こちらの思惑が知られても良かったから。



むしろ知った上で乗って欲しいし、流されて欲しいと願った。








本物の恋人同士とは違う私たちには、本物のロマンチックな雰囲気は必要がない。




私たちに必要なものは、単純なきっかけと言い訳だった。




ーーー少なくとも私はそう思っていた。









物語が後半に差し掛かり、美しいピアノのバラードが流れたときだった。





私は木嶋さんの左腕にそっと手を掛けた。




木嶋さんの身体がぴくりと反応して、顔をこちらに向けた。




私は体を起こすと、木嶋さんのその綺麗な瞳を覗き込むようにして顔を近づけていく。





重なった視線を逸らさずに、ゆっくりと。










こんな状況下でも、最後の最後で木嶋さんの許可が欲しかったのだ。




それらはすべて、頭の中で何度も何度もシミュレーションした行為だった。









厭らしい女だと思う。




だけどそれでも、貴方に触れたかった。









最初は驚きと戸惑いで揺れていた木嶋さんの瞳が、次第にゆっくりと閉じられた。




私はそれを見届けると、震えそうな唇を木嶋さんに重ねた。





ーーー初めて触れた、好きな人の熱に。




私はまた泣きそうになった。

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