第149話

「あの、お酒、飲みますか?ビールも買ってあるんです」



「え・・・・うん、じゃあ貰おうかな」





当然だけど、どんなに泣きそうになっても木嶋さんの前で泣いたりなんてしない。



悲しい表情だって絶対に見せたりはしない。



・・・・見せられるわけがなかった。




私は誤魔化すように立ち上がった。






冷蔵庫に顔を埋めながら、ふうっとゆっくりと深い息を吐き出していく。



木嶋さんに対するすべての邪魔な感情を捨て去るように。



もっとドライに。



感情に近づくのではなく、物理的な距離を縮めることが今日の目的なのだ。




気持ちは要らない。



私たちは、ただの“男”と“女”なのだ。









ーーーーーー・・・・よし。











私はビールと酎ハイを手に取ると、それを持って木嶋さんの座っているソファの隣に腰を下ろした。






「え・・・・」





木嶋さんが小さく驚きの声を漏らした。





それもそのはず。



私がさっきまで座っていたのは、木嶋さんの座る前にあるテーブルを挟んだ向かい側に即席で置いたミニチェアだった。



木嶋さんが座っているソファは、女性の一人暮らしに丁度いいけれど、大人2人座るには少し狭い、小さめの可愛らしいサイズのもの。



だから自然と私と木嶋さんの距離は、僅か数センチほどしかなく、ほんの少し動けば簡単に触れてしまう近さだ。







「私もお酒、一緒に頂いても良いですか?」





木嶋さんの反応に聞こえないふりをして、私は酎ハイをカチンと開けた。




「ビールはあまり得意ではないんですけど、酎ハイはけっこう好きで。ときどきこうして家でも飲むんです」



「・・・・お店でも美味しそうに飲んだりしてたよね」



「あっ、やだ、そうですよねっ。しっかり見られてるんでした!あ、乾杯ですね」




木嶋さんが何かを諦めたように缶ビールを手にしたところに「乾杯」と、自分のそれをカンっと軽く合わせた。



そしてお互いに考える隙を与えないようになのか、私はまたすぐに口を開いた。




「木嶋さんはいつもビールですよね?」



「うん・・・・そうだね、基本なんでもいけるけどビールが一番好きかな」



「木嶋さんはすごく強いですよね。記憶をなくすほど飲んだことありますか?」



「それは、ないかな」

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