第147話

「ごめんなさい。狭いですけど、どうぞ上がってください」






私は暗闇の中パンプスを脱ぎながら、慣れた手つきで壁にあるスイッチを押し照明を灯した。



部屋の狭さは今さらどうしようもないけれど、片付けと掃除は昼間のうちに完璧に済ませておいてある。







「・・・・本当にいいの?」





玄関のドアはすでに閉められた状態なのに、未だ靴をなかなか脱ごうとしない木嶋さんが、付き合い始める時と同じ言葉を吐いた。





「あとは温めるだけでいいように、もうぜんぶ料理も用意しちゃってたんです・・・・勝手なことしてごめんなさい」



「いやそれは謝ることじゃなくて、嬉しいとは思ってるんだけど」



「だったらどうか遠慮しないでください」




私は笑顔で木嶋さんの前にスリッパを置いた。



どんな言葉を投げればやさしい木嶋さんが断れないのか、私にはわかっていた。






「ーーーお邪魔します」





木嶋さんは複雑そうな表情をしながらも、ようやく靴を脱ぎ始めた。





・・・・ごめんね、木嶋さん。



ごめんなさい。






予約の電話なんて、もちろん嘘だった。



そんな安っぽい嘘で、私は自らの部屋に木嶋さんを初めて誘い込んだのだ。





偽りでも、一応は恋人同士になって半年。



少ないと言えども繰り返しデートはするものの私たちの間には何もなかった。




キスも。



それ以上のことも。




普通のカップルがどれくらいで済ませるのか平均なんてわからないけれど、20代のいい年した男女が半年経ってもキスもないのはやっぱり少し遅い気がした。



もちろんいつかあるものなら、どんなに遅くなっても私だって待てる。




だけど私たちの関係はやっぱり普通の恋人同士とは違うから。木嶋さんはいつまで経っても、このまま私には触れるつもりはないのかもしれない。



そう思ったら、焦りと虚しさが次第に拡がっていった。



だからその状況を打破する為に、今夜こうして私から強引に木嶋さんを部屋へと誘った。









「皆原さんって料理上手なんだね」




この日の為に新しく用意したお箸を木嶋さんが動かしながら、そう褒めてくれた。





「そんなこと全然ないです。一人暮らしですからこれくらいは普通ですよ」



「いや、ほんとに。どれもすごく美味しいよ」

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