第136話
人目にあまりつかない所まで来ると、木嶋さんは私の体をゆっくりと離した。
真っ黒な猫が迷惑そうな顔で、すぐ側を通りすぎていく。
「あの、ごめんなさい、私・・・・!」
初めて感じた木嶋さんの温もりに、嬉しさと恥ずかしさと申し訳なさとで、感情がぐるぐると忙しない。
・・・・木嶋さんはどう思っただろう。
とてもじゃないけど、表情なんて見れなくて。
行き場のない視線は、光の当たらないコンクリートにただ向けるしかなかった。
「・・・・驚いたな。まさか皆原さんにそんな風に想われていたなんて」
「です、よね」
会った回数もそれほど多くなければ、交わした会話数だって当然限られている。
いつどんなタイミングで惚れられたのかと、木嶋さんだって不思議に思うだろう。
「でも私、本気で、本当に木嶋さんのことが好きなんです。すごく好きなんです・・・・」
過去の恋の延長なんかじゃない。
私はこの人と再会して、また新たに恋に落ちたのだ。
暫く待っても木嶋さんからの声が耳に届かず、私は思いきって顔を上げた。
「・・・・あの、」
木嶋さんは口をぎゅっと結んだまま、なんて答えようか、おそらくなんて断わろうかと懸命に考えているような、そんな表情だった。
「もしかして今、お付き合いされてる女性がいらっしゃるんですか・・・・?」
木嶋さんに彼女がいないと聞いたのは、半年くらい前だったから。今はもういたとしても何もおかしくはなかった。
「付き合ってる女性は、いないよ」
「そうですか・・・・。よかった」
木嶋さんの答えに、ほっと胸をなでおろす。
けれどそう素直な気持ちを口に出してみて、私は初めて自分が気持ちを伝えただけで満足していないことに気がついた。
私・・・・
木嶋さんの彼女になりたいんだ。
理由がなくても、これからもずっと木嶋さんに会える権利が欲しいのだと。
このまま今日ここで、この恋が終わってしまうなんて嫌なのだと。
だから木嶋さんの彼女になりたいーーー
そう心から強く思った。
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