第134話

社長はこのとき、私の木嶋さんへの気持ちに気付いていたのだろう。



ずっと後になってそう思った。







何度も足が縺れそうになりながらも、とにかく必死に走った。



気持ちだけは前に前にと進みたいのに、速さがまったく追いつかなくて。



普段まったく運動をしていなかった自分が恨めしい。




途中、脳までもが酸素不足に陥りそうになる。





けれどそれでよかった。



木嶋さんに辿り着くまでに、余計なことを考えずに済んだのだから。






ーーーせめて気持ちだけは伝えなければ。





ただそれだけを瞬時に決意して、社長室を飛び出して来た。



だからなんて伝えようかとか、深くいろいろと考えてしまったら、きっと怖気づいて何も言えなくなってしまっただろう。




あと少しで駅に着きそうになったとき、ようやく前方に1人際立ってすらりと背の高いスーツ姿の男性を見つけた。









「・・・・っ、木嶋さん!」





私は周囲の目など気にすることなく、とにかく大声で叫んだ。




すると木嶋さんは、ぴたりと足を止めて後ろを振り返った。



そして案の定、息を切らした私を見て驚いているようだ。






「皆原さん・・・・!?」





私は急いですぐそばまで駆け寄ると、





「あのっ、はぁ、良かった、間に合って、あのこれを・・・・っ」




まだ息も絶え絶えで、話すこともままならないまま木嶋さんに茶封筒を差し出した。



木嶋さんはそれを受け取ると、その場ですぐに中身を確認した。



眉を軽く潜めた木嶋さんを見て、私はすぐに口を開いた。




「あのっ、急ぎで渡さなくても、よかった書類みたいなんですけど、社長はタイミングが、大事だからって」



「タイミングって、この書類が?・・・・意味がわからないな。それにせめて電話を貰えれば、僕が戻るなり途中で待つなりして、皆原さんをわざわざこんなに走らせることもなかったのに。ったく社長は」




そう言って木嶋さんの眉間の皺はますます深くなった。




電話・・・・・・・



そっか。



そういえば、その手があったっけ。




今さらながらにそんな簡単なことに気付く。




「あの、きっと社長も慌てて忘れていたのかもしれません・・・・」




・・・・うん?



でも社長って、それほど慌てていなかった気もする。どちらかというと冷静だったような。



気のせい、かな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る