第127話

下階に戻ると、なぜか真っ先に門倉さんと目が合った。



門倉さんは私を観察するようにじっと見つめたあと、周囲にはわからない程度にくっと口角を上げた。





「・・・・・っ」






“なんか危ういかもなって思ってさ”






何かを見透かされたような気がして、慌てて目を逸らす。



門倉さんにはあまり近寄らないほうが身の為だと思った。











それから再び穂高先輩ーーー木嶋さんがやって来たのは、3週間後だった。




ドキドキしながら再びお客様用のお茶を用意して社長室に向かうと、社長は部屋の外で電話中だった。



社長はジェスチャーで、私に室内に入るよう促した。



部屋に入ると木嶋さんが、ノートパソコンを開いて何かを打ち込んでいる。



この間は動揺しすぎてしまって、まともにその姿を見られなかったけれど、こうして改めて見るとやっぱり穂高先輩だ。




・・・・相変わらずかっこいいな。




スーツをさらりと着こなして、大人の色気まで加わって。



昔よりも更にかっこよくなった。







「ーーー皆原さん?」





いつのまにか木嶋さんは顔を上げ、こちらを見ていた。





「あ、あの、お茶をお持ちしました」





って、あれ、今・・・・





「名前、」




「あれ?ごめん、皆原さんじゃなかった?」




「いえっ、合ってます!・・・・もう覚えてくださったんですね」




「うん、一応職業柄、顔と名前を覚えるのは得意なんだ」





木嶋さんはくしゃりと砕けた表情で笑った。




・・・・そうだよね。



覚えていたことに特別な意味なんてない。




でも。




「嬉しいです、ありがとうございます」





初めて名前を、呼んでもらえた。



あの頃はどんなに望んでも叶わなかったのに、まさかこんな何年も経った今、叶うなんて。



心が小さく震えた。

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