第125話
はい、と社長の声が聞こえて、私はゆっくりと扉を開けた。
「失礼いたします」
一歩室内に踏み入り、軽く会釈をする。
お茶が溢れないように意識していたので2人の顔を確認することなく、そのまま後ろを振り返って扉を閉めていると、
「そうか、そういえば岡島さんは先月末で退職されたんでしたね」
「そうなんだよ。旦那さんの実家に引っ越すことになってね。岡島さんも目の保養が出来なくなると、木嶋くんに会えなくなることを最後まで残念がっていたよ」
社長と会計士さんのそんな会話が背後から聞こえた。
「じゃあ彼女は新しく入られた方なんですね」
「そうなんだ。今月から働いてくれている皆原さんだよ」
社長から私の名前が出たのできちんと挨拶しなければと慌てて振り返り、同時に口を開いた。
「初めまして、皆原と申しまーーー・・・・っ」
ーーーー・・・・え?
その時初めて、会計士さんの顔をはっきりと視界に捉えた。
みるみると大きく広がる瞳。
どうして・・・・・・・・
「皆原さん?」
社長が小首を傾げている。
「どうかしたのかい?」
「あの、いえ」
すみません、と小声で呟きながらお盆を持つ手にぐっと力を込めテーブルへと近づく。
・・・・どうして、穂高先輩がここにいるの?
それでも今は仕事中なのだとバクバクする心臓を抑えつつ、僅かに震えてしまう手で湯呑みを「どうぞ」と差し出した。
すると会計士の彼は目を細めながら、
「会計士の木嶋といいます。こちらには月に1、2度お邪魔していますので、これからどうぞよろしくお願いします」
「キ、ジマ・・・・?」
髪の色は明るかったブラウンから染めていない黒へと変わり、長さも昔より短くなっている。
けれど真っ直ぐに通った鼻筋も、形の良い薄い唇も、羨ましいほどの長い睫毛も。
その綺麗な顔はあの頃のままだ。
だから目の前にいる彼は、確かに穂高先輩で間違いはなかった。
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