第113話

「他にもまだ私に話してないことがあるみたいだね・・・・」




杏里はぐっと眉間に皺を寄せた。




「“お姫様”のこともきっと何か関係してそう」





どうやら飲みながら聞く話じゃなさそうだね、と言って杏里は、ちょうど店員さんが運んできてくれたばかりのお水を口にした。





「穂高先輩が今は史と付き合ってるのなら、何年も前に別れたはずの2人が会ってるのはおかしいじゃない。さっきの言い方だと史はそれを知ってたってこと?」



「・・・・少し前にね、私も一緒にいるときに2人は偶然再会したの。それから彼女がお店を出すことになったらしくて、希和のクライアントになったってことは聞いてた」




「は?クライアント・・・・?」




杏里は思い切り表情を歪めた。





「じゃああの日、私が2人を見た日も仕事で会ってたっていうの?」






杏里がどんな風に並ぶ2人の姿を目撃したのかわからない。



けれど表情からは、信じられないと言った感情が滲み出ていた。






これまでだって、クライアントと食事に行くことは度々あった。



そういう場で関係が密になり、お互いのメリットになるであろうクライアント同士を希和が繋げてあげることもあれば、逆に希和も新たなクライアントを紹介してもらう事もあったりと利便性もあると。



それに意外と情報交換も重要な世界だったりもするらしく、希和はそういう付き合いも大切にしていた。



もちろん異性と2人きりという場面が、今までもあったのかはわからない。けれどもしあったとしても、それは仕事でなのだと私もちゃんと信じられた。





だけど・・・・・





「史がちゃんと理解して、彼を信用してるのならいいよ。でも実際史は今、泣きそうなくらい辛そうな顔してるじゃない。それって本当は嫌だけど我慢してるってことなんじゃないの?」




「それは・・・・そんなの嫌かどうか聞かれたら嫌に決まってる」




本当は会って欲しくなんかない。


できればもう2度、会って欲しくなんてなかった。





「だけどやっぱり仕事だから。元彼女だとか相手が誰であろうと関係なく、希和が望んでやりたい仕事なんだって思うと私の自分勝手な感情で我が儘なんて言えない」




「そんなの!たとえ穂高先輩のほうは仕事のつもりだったとしても、相手は違うかもしれないじゃない。間違いなく“お姫様”のほうは・・・ってああもうっ、名前なんだっけ!」




杏里は綺麗に巻かれた髪が乱れるのも気にせずに、頭をくしゃくしゃっと掻いた。






「ーーー浅見先輩だよ」




「え?」




「“浅見雅姫”、先輩」









“アサミ マサキ”





それはつい先日知った、お隣さんの名前と同じだった。



そんなまさかって、すごく驚いた。




“穂高さん”は、希和の旧姓が同じだっただけでなく、漢字は違えど浅見先輩とも名前が被っていた。



過去にもし別れることなく、浅見先輩が希和と結婚していたのなら。




・・・・浅見先輩は”穂高雅姫”になっていた。




このタイミングでこの名前のお隣さんに出逢ってしまった私は、本当に運命なのか、それとも何かの暗示なのかと呪いたくなった。







「あー・・・・そういえばそうだったね。あの完璧な美貌と名前に姫って字が使われていたから、あだ名が“お姫様”になったんだっけ」




「うん・・・・。ぴったりなネーミングだよね」






私の町娘から付けられた名前とは違う。




浅見先輩は見た目も育ちも、王子様に愛されていたところもすべてーーーー




本物のお姫様だった。

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