第100話

「はい?」



「下の名前。"史"って呼び捨てか、流石に初っ端それじゃ抵抗あるんなら"史ちゃん"でもいいけど?」



「・・・・!なんで知ってるんですか?!」




フルネームを名乗った覚えなんてないのに。




「さあ?何でだろうな」



「誤魔化さないで下さい!あっ、もしかして森さん・・・・?」




森さんには先日連絡先を交換したときに、フルネームを名乗ったっけ。




「いいだろ、そんなのどうだって。それより史っていい名前だよな」



どうでもよくはないけど。



「・・・・そうですか?私はあんまり好きじゃないです」




姉のカエちゃんは"楓"で、すごく可愛いのに。


私の"史"は、なんだか地味というか渋すぎるというか。



「この名前、祖父が付けたんです。当時祖父がはまって見ていた時代劇に出てきた町娘がすごく可愛いかったらしくて」



「もしかしてその娘の名前が"ふみ"?」



「はい」




穂高さんは「爺さん笑えるな」と言って豪快に吹き出した。



名前ってこう、こんな子に育って欲しいとかそういう願いを込めて付けるものだと思うのに。



それをドラマからとかって、安易すぎるよ。



初めて由来を聞いたときには、呆れすぎて何も言えなかった。





「なんでよりによって町娘なんでしょうね。せめて時代劇からであったとしても、お姫様から取ってくれたらまだよかったのに」



お姫様なんて柄ではないことは、十分わかっているけれど。ここはもう気持ちの問題だ。




「由来なんて関係ねぇよ。俺は好きだな。"史"って響き、すごく心地良くてさ」




冗談とか揶揄う言葉も多いけど、穂高さんの今のその言葉には裏なんて何もなくて。



真っ直ぐに受け入れることができた。





「ありがとう、ございます」




だから私も素直にお礼を返した。





「史ちゃんも穂高さんじゃなんか硬いからさ、俺のこと名前で呼んでよ」




「でも私、穂高さんの名前知らないですし」





穂高さんの要求を拒否しなかったのは、どこかでずっと"穂高さん"と呼ぶことに多少なりとも違和感を感じていたから。



"穂高さん"と呼ぶ度に、どうしてもあの頃の"穂高先輩"の顔が浮かんでしまった。




そこに甘さなんてない、ほとんどが苦いだけの記憶だけど。







「そういやフルネームは教えてなかったか。



俺の名前は"マサキ"だよ」





ーーーーー・・・・え?

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