第85話

軽々と私を抱きベッドまで運ぶその姿は、まるで童話にでも出てきそうな王子様みたいだ。



けれど残念ながら、抱き上げられた私はお姫様なんかじゃない。





哀しいかな。



こんなにも幸せな状況でだって、そこだけはちゃんと自覚してるんだよ。




王子様がお姫様以外の女性と結ばれた童話って、果たして存在するのかな。












希和はスマートに私をベッドの上に仰向けに寝かせると、自分の上着をばさっと脱ぎ捨てた。




それからすぐに私に覆い被さってきた。







「史」






一見細身には見える身体も、裸になると程よくついた筋肉がとても綺麗だ。



もう何度も目にしているのに、それでもいつも見惚れてしまう。




きっとそれは綺麗だけが理由じゃない。



希和だからだ。






「希和・・・・」







再び熱いキスが始まる。




それと同時に、慈しむように、希和の指がやさしく身体を這っていく。







「・・・・あっ」





キスをされていない場所なんてどこにもないくらいに、希和は私のすべてに触れた。








「史」






決してあまい言葉を口にするわけでもなく、ただ名前を呼ばれているだけなのに。




それでもその声がどこまでも優しくて、自然と目尻から涙が流れた。






「希和、も、我慢できな・・・・っ」






最後まで言い終える前に、希和は私の中へと入り込んできた。




それでもまだ希和を遠くに感じて。



もっと近くに、もっと深くにと望む私は、どれだけ欲深な女なんだろう。





激しく揺さぶられながらも、下から希和の頬に手を伸ばし、キスをせがんだ。



希和は一瞬目を見開いたあと、ふっと笑ってその要求にあっさりと応えてくれた。








"希和、ーーー・・・・"







もう二度と口にはしないと決めた想いを、心の中で何度も叫ぶ。




だけどその代わりに、唇から、指先から、全身で想いを強く訴えた。






ーーー私の願望からくる、勘違いかもしれないけれど。




こうして抱き合っている時だけは、同じ想いを希和から返されているような気がした。








「史ーーー・・・・」








本当に、そうだったらいいのに。

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