第82話

学生時代、イタリアンレストランで洗いもののバイトをしていたことがあるという希和は、すごく手際が良い。



思わず布巾を持つ手を止めて見つめてしまう。





「私が洗うより断然早いよね」





私の部屋のキッチン台は、希和の部屋にあるものより低いから少し窮屈そうだ。




「洗いものは嫌いじゃないよ。だから料理上手な史が作ってくれて、俺が片付けるっていう役割分担が一番良いと思うんだけど?」





希和が首を傾けてにこりと笑った。




「でも、料理だって希和のほうが上手だよ」



「そんなことないよ。まぁ母子家庭だったこともあって、たまに俺も作ってたからできないわけじゃないけどね」




詳しくは聞いたことがないけれど、希和はお父さんを早くに亡くし、それからずっとお母さんと2人で暮らしてきたらしい。




「やっぱり作って貰ったほうが嬉しいよ。史の味付けすごく俺好みだし。毎日食べても飽きないだろうな」





その言葉に、とくんとくんと心拍数が上がる。





毎日食べても飽きないって。



毎日食べたいってこと?




ねぇそれって。



希和は、どういう意味かわかって言ってるの?





「希和が望むなら、作るけど・・・・」




「ああでも、料理も片付けもこうして2人で並んでするのも悪くないか」




「・・・・うん、そうだね」




やっぱり、そこに特別な意味なんてないんだろうな。



だけど"毎日"なんて。



その言葉は、女の人ならやっぱり誤解してしまうよ。





交際期間の長さとか、お互いの年齢とかそれを考慮しても。



こんな風に未来を容易に想像しやすいシチュエーションに、どうしたって意識せずにはいられなかった。




希和はこんな状況でも、そんなこと少しも考えないのかな。



この先のこと、どう思ってるの・・・・?












「史?」





いつの間にか洗いものを終えた希和が、私の顔を覗き込んでいた。




「どうした?ぼーっとして。まだ具合悪いんじゃないのか?」




そう言って私が手にしていた布巾をすっと取り上げた。





「あとは俺がやるから、史は座ってーーー」

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