第80話

「ふーん」




「・・・・なんですか?」




「"仕方ない"って言ってる時点でさ、すでにかなり不満が溜まってんだよ。"本当に仕事なのかよ"ってな」




「・・・・っ、そんなこと!」




「しっ。だから大声だすなって」






そんなこと、絶対にないもん。




穂高さんに聞こえるかどうかの小さな声で、そう反論した。



たとえ相手がアサミさんでも、それでもちゃんと仕事だって理解しているから。



休みを削ってでも仕事に対して常に懸命な希和だから、どんなに寂しさを感じたって、そこに不安や不満を抱いてはいけないって思うけど。



信じていないとか、決してそういうことじゃないの。





「ちゃんと吐き出したほうがいいよ、自分の思ったことはストレートに。皆原さん、そういうの苦手そうだし」




「・・・・わかってます」





私だっていい加減、わかってはいるんだよ。



こんなに長く付き合っているのに、希和に対して怖くて触れられないこともある。



それでもそこを避けてでも、きちんと希和にぶつけなければいけない気持ちがあることも、ちゃんとわかってる。




・・・・だけど。




希和に寄りかかってみようって、そう心に決めて、だから今日はいつもよりも何倍も会いたかったのに。





ーーー会えなかったんだよ。




気持ちが空振りすると、またもう一度立て直すのって、けっこうしんどいんだよ。












「ん、旨い。すげぇ脂のってる」





空気を読んでか読まずしてなのかわからないけれど、穂高さんはその場でお刺身を食べ始めていた。





「やっぱこれをノラにやるのはもったねーよ」




「・・・・少しくらいはあげてくださいよ」






穂高さんは、ただのオトナリサン。



それなのに最近では、恋人や友人家族よりもよく話す相手で。



このままどんどん穂高さんとの距離感が、うまく掴めなくなりそうな気がした。














その夜はベッドに入ってもなかなか寝つけずにいた。



深夜1時過ぎ、希和からメールが届いた。







"今帰ったよ。


今日は本当に悪かった、ごめんな?


風邪は大丈夫?


暖かくして寝ろよ、ってもう寝てるか。



明日また連絡する"










ーーー・・・・希和。



まだ、起きてるよ。




希和のことだから、帰宅してすぐにメールくれたんだね。


私の声がおかしかったこと、気にしてくれていたんだ。





だけど今はその優しさが、少し辛いかな。



辛いよ、希和・・・・

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