第74話

「みーちゃった」



「うわぁ!」






まるで背後霊のように突然トイレの鏡に映りこんだ三上さんに、思わずベタな驚きの声を上げた。





「・・・・驚かさないで下さいよ、三上さん」




「そっちこそ、これくらいで驚かないでよ。ねぇそれよりさ、今朝定時で上がっていいって課長に言われて内心すごく喜んでたでしょ?」




「・・・・そんなことは、」




「あるあるー。にやって一瞬笑ったの、私は見逃さなかったわよ?」





うわ、見られてたんだ、三上さんに。



これはもう誤魔化せない。





「・・・・すみません。三上さんは今日も何時になるかわからない残業ですもんね」



「いいわよいいわよ。皆原ちゃんと違って私にはどうせ定時で上がったところで、デートする相手もいないし。羨ましいわねー」





・・・・希和に会うことまでしっかりバレてるし。




三上さんは拗ねたようにそう言うけれど、三上さんの優先順位は常に恋愛よりも仕事だと以前自分で言っていたから、本気で羨ましいと思ってはいないのだろう。



結婚する気もないと聞いたときには、さすがに驚いたけれど。





「あの、実は今日、彼が海外出張から帰って来るんです。会えるのも久しぶりで、それで嬉しくてつい」



「あー、会計士って意外と出張多いって聞くわよね」



「はい・・・・」





そうなのだ。



特に今希和の抱えているクライアントには海外にも工場など子会社を持つ企業が多く、年間を通してもかなりの出張頻度になる。



5年も付き合っていればそのサイクルに多少は慣れたとはいえ、やっぱり寂しくはある。




けれど・・・・




正直今は、会えない理由が海外への出張である時にはほっとしてしまっている自分がいた。



海外にいるということは、少なくともその期間はアサミさんとも会うことがないという証明にもなるからだ。




こんな風に考えてしまう自分が、酷く惨めだった。






「もしかして、ここんとこ元気なかったのってそれも原因だったりする?」



「え?」



「表情が曇りがちっていうか、仕事中でもたまにぼんやりしてたから」



「っ、ごめんなさ・・・・!」



「だからってミスはしてないし良いんだけど。気になってたのよ」

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